おっとっと。一日見ないうちに話が大分進んでしまったね。

何%正しい、という考えかたは面白いと思ったけどね。
でも体系化するのが難しいだろうから、ちょっと議論はしにくいだろうね。
個人的な評価規準としてならいいんだろうけど。

どっち向きに話を進めていいかわからないから、ちょっと脱線というか雑談で
日常で公理の考えかたを如何に使うかの経験談。

トンデモ意見を言う人がいたとしよう。
それがまるでキチガイだとスルーが鉄則だろうけど、それなりには「論理的に」話す人だとする。
そういう彼に対して、論理展開あるいは結論の間違いを指摘しても、効果ないことが多いんだよね。
その指摘された間違いを見て、自説を「適当に」修正しやがるからね。
そうなると、もういたちごっご。

そういう時、そんな論理展開の不備をつつくよりも、彼の信念 --- 主張のおおもとになってる部分 ---
がどこかを見極めて、そこを突いてやるのが効果的なんだよね。
つまり彼の「公理」を攻撃するわけ。

別の話。
一を聞いて十を知れ、という言葉がある。
これって、言うは易しだけど、実行するのはなかなか難しい。
指導原理は何か、あるいは、教訓は何か、それを一つの例から見極めなきゃいけない。
つまり「公理」は何かを知れ、ということだよね。
一つの例を分析してみて、「公理」がわかると後は十にでも百にでも応用できる。
逆に人にものを教えるときには、こまごまと教えるよりも、
「公理」は何かを明示してから幾つか例を説明しておけば、十分だったりする。

「公理的な考えかた」というのは万能ではないのはもちろんだけど、それでも結構役に立つと思うけどね。