1さんは公理というものを誤解しているように感じます。
wikipediaは必ずしも正確ではありませんが、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E7%90%86
をちょっと読んでみてもらえないでしょうか?
>232さんも。公理はどうやって決める
>と聞かれたら、たぶん議論と検証を大なり小なり使うでしょう
(私は232じゃありませんが)公理は、話し手が勝手に決めていいんですよ。議論も検証も必要ないです。
「サイに5つの角が有るとするならば、サイの角が一本欠ければ4本になる」
この命題の前提部分の「サイに5つの角が有るとするならば」
は、議論も検証もなしに私が勝手に決めましたよ。
それでもこの命題が正しいことは皆さん認めて下さいますよね?(もちろん暗黙の了解として5-1=4である事も前提としていますが、、、)

>…の繰り返しで正しい可能性があがる。
>以上のシステムが、「公理」では相性が悪い→(説明しにくい)です。
「正しい」という言葉を使わずに、
「繰り返しで1さんの納得の度合いがあがる。」にすれば良いのでは?それではだめなの?

>232さんは公理と演繹を重視している。
私は母の直感も信じているし、一般的に人は、論理や感情や直感の総合で判断するものだと思っています。
論理的、あるいは、公理と演繹の組み合わせから導いた結果が良い結果だとは思っていないですよ。
ただ、私個人が何かを判断する場においてという意味では、私自身は、直感より論理が得意だからそれを重視しています。
しかし、場面によるし、人にもよります。直感的な人は直感を重視するべきだと思っていますよ。

ところで、確認しておきたいのですが1さんは論理的に話すつもりなんですよねぇ?もしそうでは無いのなら、私は即刻退散します。