(続き)

まず (3) のステップでは明らかに思考の飛躍がある。
実際 >>219 以外の可能性として、地球と太陽の間に(相対的に停止してる)物体があるという
可能性は捨て切れないわけだから。(ガリレオの時代にそれを否定するのはまず無理。)
これは論理とは言えない。

次に (4)。
これは「何かが正しいとしたら、さて何が言えるだろうか」というわけだけど、
これがまさに論理だと私は思うね。

最後に (2)。
本当はここだけを書き込んでも良かったんだけどね。
ここは仮説を立てるパートと論理、及び観測がミックスされたパート。
例えば
『望遠鏡に塵がある』これは仮説。
『望遠鏡に塵があるとしたら、他の物を見たときも点が見えるハズ。』これは論理。
『実際に他の物を見てみたらゴミがない。』これは観測。
『したがって最初の仮説「望遠鏡に塵がある」は否定される。』これは論理。


さて以上を踏まえて考えてみると、>>1 さんが出した例というのは
結局のところ仮説を「公理」とした思考をしてることがわかってもらえると思うのだけど。