数学の本 第21巻
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0535132人目の素数さん
2007/02/13(火) 18:41:28ウィーナーは1894年生まれで、伊藤清先生が1915年生まれだから20才ほど年上である。
このウィーナーの父はハーバード大学でスラブ語の講師で、ノイバートに英才教育をほどこしたらしい。
ノイバートは9歳でハイスクールに入学、11歳でタフツ大学に入学、14歳のときにハーバード大学の大学院(動物学)に入学した。
18歳のときに、数理論理学に関する論文によりハーバードよりph.D.を授与されている。
神童ノイバートは、その後ヨーロッパに留学し数学に目覚めたと使えられる。
ケンブリッジ大学に留学しハーディの講義を受けたり、
ゲッティンゲン大学でヒルベルトやランダウの講義を受けている。
1919年、24歳のときに、マサチューセッツ工科大学(MIT)数学科の講師の職を得た。
MITに勤める傍ら、彼は度々ヨーロッパに渡航し、ゲッティンゲンやケンブリッジで過ごした。
そのほとんどの時間は、ブラウン運動やフーリエ積分、調和解析、Dirichlet問題、タウバー型定理などに関する研究に
費やされたといわれる。
このときのブラウン運動に関する研究からウィーナー過程が誕生した。1923年のことである。
第二次世界大戦中には彼の興味の対象はフィードバック制御によるサイバネティックスを定式化することへと移っていった。
サイボーグという言葉もこのサイバネティックスから来ている事は日本人にはおなじみだろう。
実はウィーナー過程がサイバネティックス理論の構築に大きな役割を果たしている。
ウィーナーは,英才教育の影響からか、やや躁鬱の気のある,感情の起伏の激しい人だったとも言われている。
1964年、ストックホルム(スウェーデン)において没した。享年69才。
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