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17世紀以降に発展した微分積分学、とくにその中の級数(無限級数)や極限の概念を
前提とするならば、アキレウスと亀の問題は、「考えをいくらでも続けることができる」
ということから「いつまでたっても追いつけない」という結論を導いている箇所に飛躍がある。
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微積分学を前提にしなくても、ゼノンのパラドックスで言及されている前提だけを用いて

「考えをいくらでも続けることができる」ということから「いつまでたっても追いつけない」と
いう結論を導いている箇所に飛躍がある

と主張することは出来るのではないか?