「そろそろまとめてどこかに英文で学会誌に投稿しようと思ってますけど、
問題は果たして英語の論文を西洋人が理解できるかどうか。頭が悪いとねぇ〜、
全然理解できない人が多いから。論理屋が一番わかりやすいと思います。数学屋はちょっと難解かな。
哲学屋はバカだから逆に非常に簡単だと思う可能性があります。
計算屋はまあこの結論を見ると計算量理論を改変してうまくごまかすんじゃないかと思います、
僕のように頭が働くかどうかですけど」

「数学の決定問題の解というのはYes、No、独立の三つがあったが、
21世紀からは新しく消滅というのが増える。それを野放しにしておくと、
その理論を通じて数学がガタガタになる。
具体的に言うと数学のベースにある公理的集合論が立っていけなくなる。
このような問題が密かに、計算量を導入した時代あたりから数学のなかに徐々に
侵入しはじめているのが現状である。」

座長の「P≠NPということを山口さんが証明したのか?」という質問に対しては
「問題を定義するとベースの公理的集合論がおかしくなる。
おかしい理論からは何でも言える。P=NPということもP≠NPということも言える」
とか言ってた。



人生先生、こんなもんでしたっけか?長文スマソ。