> もう一方の封筒の中身が20000円である確率と5000円である確率をどう見積もるか、
> という問題でしかない。
それはそうだ。>>680がf(x)を決めないと議論できないと言ってる通り。

> 金額の分布に関する情報が皆無であれば、それぞれ等確率と
> 見積もって>>727のように回答するのも一つの考え方だ。

「等確率と見積もれば、期待値12500円」と言うのなら何も間違いではない。
ところが>>727は
「等確率である。故に期待値12500円である」と言っている。これはダメ。天と地ほどの差がある。
もっとも、前者であっても、なぜこの場合「等確率と見積もるのが妥当である」と考えたかを
示さないと、意味のない議論となってしまう。
「情報がないから等確率」という議論が許されないことは、>>747のような例を示すまでもなく
象牙の塔に閉じこもってるバカ学者以外には明らかなこと。(←象牙の塔に閉じこもっていてなおかつバカ学者の意味な。)
対象となる事象を明示して「それらが等確率であると仮定して議論する」なら問題ない。