1943年にヒルベルトが無くなってから遺族は生活費のために
資料を切り売りせざるを得なかったのだと思われる。
ゴミが生活費になるわけ無かろう。
これと似た話はよそにもいっぱいある。オイラーと同時代の植物学者リンネが
14人の弟子達に世界中から集めさせた標本は、リンネの死後
スウェーデン政府が奥さんに年金を出し渋ったためイギリスに売却されたそうだ
それがかえって資料の保存のためには幸いしたわけだが。
ヒルベルト文庫が非常に貴重な資料であることは疑いの無いところであろう。