連続体仮説は証明反証不可能であるという命題は偽
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0001132人目の素数さん
2006/05/02(火) 17:03:53すると、連続体仮説に反する集合を反例としてあげることは不可能である。
よって連続体仮説に反する集合は存在しない。
よって連続体仮説は真となり、連続体仮説が証明反証不可能であることに反する。
0002132人目の素数さん
2006/05/02(火) 17:09:430003Queen ◆xeS.CIM.Jk
2006/05/02(火) 17:31:04(´・ω・`)
0004132人目の素数さん
2006/05/02(火) 17:36:10〜〜〜終了〜〜〜
0005132人目の素数さん
2006/05/02(火) 19:56:470006132人目の素数さん
2006/05/02(火) 20:44:12天才
0007>
2006/05/04(木) 08:01:40おまえの論法は「証明法を記述する事はできない」よって「証明は存在しない」
って論理と同じ。
「存在するかどうか」と「それが存在するかどうかは不明だが記述は不可能」って言うのは
別の話。
0008>
2006/05/04(木) 08:10:56反証があがればその命題は偽になる。
証明も反証もできなければ、(証明や反証があるかないかに関しては何も言っていない。)
その命題の真偽はわからない。だから、決定不能命題になる。
論理体系によっては証明も反証も可能な命題はある。この場合も決定不能命題になる。
どっちにしろ、>>1は完全に間違えている。
似た話で、「存在する」と「これがそれである。」って言う話の混同もある。
0009132人目の素数さん
2006/05/04(木) 22:09:07>>1が偽であることを証明せよ
0010132人目の素数さん
2006/05/04(木) 23:13:470011132人目の素数さん
2006/05/04(木) 23:20:110012Queen ◆xeS.CIM.Jk
2006/05/05(金) 05:09:34(´・ω・`)
0013132人目の素数さん
2006/05/05(金) 05:33:448さんがご指摘の通り別の話なので、偽であるとかそうでないとかそういう話ではない。
0014132人目の素数さん
2006/05/05(金) 17:19:27真か偽かは証明されるか反証されるか、「または公理であるか否か」によって決定される。
連続体仮説の証明は存在しない。
よって、連続体仮説は偽である。
0015132人目の素数さん
2006/05/05(金) 18:23:410016132人目の素数さん
2006/05/05(金) 18:27:57「命題Aの証明も反証も不可能である」->「命題Aは偽である。」
「よって命題Aの証明も反証も可能である。」
「「証明も反証も可能な命題Aに関する証明は果たして「証明」だったのか?」
「「証明も反証も可能な命題Aに関する反証は果たして「反証」だったのか?」
「故に命題Aは証明も反証も不可能である。」
しかしながら、この事から
「よって命題Aの証明も反証も可能である。」
よって、、、、、、
0017132人目の素数さん
2006/05/06(土) 03:49:380018132人目の素数さん
2006/05/06(土) 05:02:570019132人目の素数さん
2006/05/06(土) 06:24:530020132人目の素数さん
2006/05/10(水) 15:09:23というのと、ZFと連続体仮説が独立だということとは、
……全然違うぞ。
0021132人目の素数さん
2006/05/11(木) 07:36:18がおかしい。
それだと、例えば、平行線公準は公理としてとらなくても、真になるし、
反対に、その否定をもってきても、真になってしまって、
意味をなさない。
あくまで言える事は、証明がある->真。反証がある->偽。だけであって、
証明が無い->偽。反証がない->真。なんて事はない。
それと、対象が「命題」と「その内容を表す集合(述語)」に関して混同している。
0022132人目の素数さん
2006/05/13(土) 16:26:24■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています