数学基礎論の質問スレッド その2
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0690132人目の素数さん
2006/10/24(火) 02:23:35哲学板の住人なんですが、哲学で真理について話していました。
そのなかで、
「論理的な客観的真理と呼べるのは、トートロジーのみであり、排中律や矛盾律は真理ではない。
ヘーゲルが弁証法で示したことにより、中間で、中途半端なものはありうるからだ。
現実にデカルトも『われ思う、ゆえにわれあり』というトートロジー以上の哲学原理を発見できなかった。
同一律以上の客観的真理は、論理的展開ではなく、多数決が決定する」
という意見がありました。
しかし、数学の世界では排中律や矛盾律が幅を利かせていて、証明とかにも使われますよね?
これはなぜなんでしょうか?
なぜ数学には、トートロジー以上の論理展開ができるのでしょうか?
それとも、すべての数学はトートロジーなのでしょうか?
ただの変形や分解、言い換えに過ぎないのでしょうか?
どうして数学は、普遍的で不変的な、客観的真理なんですか?
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