すいません。
哲学板の住人なんですが、哲学で真理について話していました。
そのなかで、

「論理的な客観的真理と呼べるのは、トートロジーのみであり、排中律や矛盾律は真理ではない。
ヘーゲルが弁証法で示したことにより、中間で、中途半端なものはありうるからだ。
現実にデカルトも『われ思う、ゆえにわれあり』というトートロジー以上の哲学原理を発見できなかった。
同一律以上の客観的真理は、論理的展開ではなく、多数決が決定する」

という意見がありました。

しかし、数学の世界では排中律や矛盾律が幅を利かせていて、証明とかにも使われますよね?

これはなぜなんでしょうか?
なぜ数学には、トートロジー以上の論理展開ができるのでしょうか?
それとも、すべての数学はトートロジーなのでしょうか?
ただの変形や分解、言い換えに過ぎないのでしょうか?

どうして数学は、普遍的で不変的な、客観的真理なんですか?