>>597>>599
数学基礎論とか不完全性定理は、
あまり比喩で理解をしようとしないほうが良いです。
誤った理解(特に酷い場合が、いわゆる「トンデモ」)と正しい理解が紙一重ですから。

ここでの「完全」とは、不完全性定理にせよ、
足し算だけの体系(Presuburger算術とか言うらしい)にせよ、
(自由変数を持たない、つまり閉じた)論理式φと
φの否定(¬φ)の、どちらか片方が必ず証明できることです。
「完全の意味違い」ではありません。

(第一)不完全性定理は、∀x(任意の自然数 x に対して〜)とか
¬(否定)とか∧(かつ)とか足し算、掛け算の記号だけを使って、
自分自身の無矛盾性を「表す」ような論理式を工夫して作ってやる
ことで証明されます。
Presburger 算術というのはPeano算術の公理系から、
掛け算の再帰的定義に関するものを除いたもののことで、
そうすると公理系の表現力が弱くなって
自分自身が無矛盾である、ということをPresburger算術内部において
表現することが出来なくなるでしょうから、完全であってもおかしいことはありません。

>>598
φ→ψという論理式が考えられるなら必ず(¬ψ)→(¬φ)という論理式が考えられます。
つまり対偶は常に考えられます。