>>969
√2もπも、既知のものから構成されている。紀元前における「既知のもの」に相当するのは’図形’だ。
√2は、一辺が1の正方形の斜辺との同一視によって「ああ、確かにそういう数(2乗すると2になる数)は
存在してるんだな」と存在を認め、πは円周と同一視することで存在を認めている。逆に、こうやって
図示されたことにより、そういう数を「認めざるを得なかった」とも言える。無理数なんて、気持ち悪くて
認めたくない人ばかりだったろうし。もし、図形に対応させるという方法を取らずに、イキナリ「√2は、
2乗して2になる数である」なんて言っていれば、「そんな数は存在しない」と誰もが否定したはず。虚数iの
ときはまさにそうだった。√2の場合は、既知のもの(正方形の斜辺)に対応させることで、そういう数が「存在
している」と誰もが認めることになった。虚数の場合も、ガウスの時代になって、ガウス平面という既知のもの
に対応させることで、「ああ、虚数は存在してるんだ」と認められていった。

でも関数は話が別だな。確かに、構成を抜きにして受け入れられている…