>>345

K「戦後一時期、西田(幾多郎)哲学への関心がかなり高まりました。
(中略)お弟子さんの方は戦後バタッと顧みられなくなり、
ただ西田さんだけが暫く読まれ、やがて衰えてゆく」

T「それは昔の偉い哲学、プラトン辺りもキリスト教にかわる時は落ちる。
何度も何度も落ちるわけです。プラトンの哲学が何故偉いかというと、
何度落とされても生き返ってくるからですね。西田さんの哲学も本物なら
やはりいっぺん叩かれて、消えてしまう事が必要なんですよ。
今の若い諸君は西田先生を直接知らない。何も知らない人が新しい興味で読んで、
全く新しい意味を見つけ出す事ができれば、これは本物として残るでしょうね。」

K「先生が西田哲学を叩くとしたらどういう点ですか?」

T「西田哲学というと東西文明を合わせた独創的な…と言う人がいるでしょう?
こんなのは西洋コンプレックスの裏返しなわけだ。(以下抜粋)
西田哲学の面白い所はどこかというと、大体日本の哲学は、音楽の名曲鑑賞家。
この酒が旨いとか、俺はこれに限るとか、そんな田舎鑑賞家ばかり。
そのうち少し偉い人はベートーヴェンなりバッハなりを演奏するよ。
その中で、とにかく作曲家として、我々の鑑賞にたえる作曲を始めたのが西田幾多郎だ。
こういう道を開いたのが偉大なのであって、東西文明をどうこうしたなんて事はありえない」


・・・佐藤幹夫先生、及びその周囲の方々の運命やいかに。