数学が「できる」側からもうしますと、
デカルトはそれをやったが教会をおそれて
はっきりしたことは書かなかった。
カントは正面切ってそれを展開し
リーマンやヒルベルトの数学に大きな影響を与えた、
というように大ざっぱな理解をしています。
哲学ではフッサールや最近ではコイレなんかが
その系統の思考を展開しているような気がするのですが。
我が国でも西田幾多郎が「善の研究」によいものを結晶させている「印象」を持っています。