>>327 はスルーされてるが、ココの議論の原点だと思うな。
哲厨と哲学者(哲学者と哲学“研究”者)を区別するのも重要だ。

 哲学も数学も、現象の真理を記述する学問であって、
別に数学を誤解しているアホが、たまたま哲学者を名乗る人間であっても
哲学事態を批判するのはお門違いだろう。西田幾多郎とか、カントとか
立ち読みしてみ。その思考の厳密さは厳しいものだ。

 数学を真理の探求、などというと叩かれるが、数学が現象の記述という
性質を持っている限り、それがこの世界の真理の探究に使われることも
ありうるのではなかろうか?あるいはそれに美しさを感じる人間がいても
不思議ではないのではなかろうか?たとえ数学が問題演習の地獄という
事実を考えても。