独特の論法がある。真理をAと表すとしよう。すると哲学者は
常にAと¬Aを考える。それを限定用法とも非限定用法とも
つかない修飾語で区別する。これを仮に「到達可能な真理」と
「到達不可能な真理」としよう。そして両者がともにあるような
公理系を考える。ここから例えば神を証明すると、こうなる。
・世界には到達可能な真理、または神が存在する。
・しかし世界には到達不可能な真理しか存在しない。
・故に神は存在する。

このような論法がしばしば見られる。神でなくても何でも
証明できる。調査中だがどうだろう?こんな感じではないだろうか?