一連の話が噛み合っていないのは、なんていうか
グロタンが数学の世界に自身の活路を見出した、外因・内因的文脈と
数学者グロタンをそこまで駆り立てた要因を混同してるような。
もちろん両者共に同じグロタンである以上、根底的な要素は一貫しているだろうが、
少なくとも後者に関する限り、論文のテクニカルな部分を別にすれば、
グロタン自身が、自分の数学に言及している部分(その文面通り受け取るならば)に
着目すると、それ程論理主義に拠り所を見出してる印象は受けないのだが。