>>502
人ってさ、普段は意識しないけれど、自分の中に何か指針というものがないと生きていけないでしょう? 誰かが好きとか、こうなりたいとい
う漠然的なものとか、人にこう思われたくないとか、尊敬されたいとか食いつぶれたくないとか、こうなりたくないとか、親に愛されているか
ら無意識に安心とか、どんな事があっても最後はこっちを見てくれる、嫌われたくない、・・・・。
 人格や個性や価値観や感性等が明確になる中で、自分の中に何かしらの指針や規範がないかぎり、アメーバといっしょで
きちんと立って生きていけない。崩れてしまう。人がいきると言う事は=自分の中の何かしらの指針や規範のもとにいきる
と言う事だから、グロタンは数学にある種その規範や指針を見出そう、見出せる、見出せるはず、・・と思って、あれだけ、
ズ−ンと数学に行ったのだと思う。 生きるって結構へヴィー。それを数学に見出そう、見出せる、見出せるはず・・・という
事で数学を研究しているのだから、数学の素養がある、受験数学で良かったし、大学数学もまあまだし、営業なんて合わないし
・・・という形で数学者になっている様な人達とは違うのだと思う。重みが。数学を研究するというのは、グロタンんとって、
生きるという事と同じの重みで、自分の存在を支えるものであり、自分の生きる指針・規範であったのだと思う。でも、人生と
は数学ではないから、40でそれに気づいた。数学は無色だけれども、人は人生は有色。交わることはできません。グロタンは
そう無意識に思ったと思います(勝手な想像です!!)。それで自分の息子を溺愛して、奥さんを大切にしているそうです。
数学はグロタンの40までの人生を回す為の一つの歯車であって、全ての人生の歯車ではなく、それ以降は、グロタンは、人が
生きている意味:家庭/愛/夫婦/人生/人との関わり/死/子孫・・・に気づき、それを大切にしているのだとおもう。