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【セクハラ】佐々木力を叩こう5【トロツキスト】

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001132人目の素数さん2005/07/31(日) 02:03:27
前スレ

【人間の屑】佐々木力を叩こう4《性犯罪者》
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1106986110/
0002132人目の素数さん2005/07/31(日) 02:11:42
関連スレ

【ついに立つ】上野健爾スレッド【親玉・本丸】
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1117714255/
0003132人目の素数さん2005/07/31(日) 03:44:29
佐々木スレのテンプレ貼ってくれ
0004132人目の素数さん2005/07/31(日) 03:54:21
佐々木 力(ささき ちから)
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部科学史・科学哲学専攻教授。
1947年3月宮城県出身。1969年東北大学理学部数学科卒。
1974年東北大学大学院(数学専攻)博士課程満期退学。
その後2年間東京大学教養学部科学史科学哲学教室に研究生として所属し、
1976年フルブライト奨学生として渡米。1980年米国プリンストン大学大学院Ph.D(歴史学)。
帰国後1980年東京大学教養学部講師となり、1983年同大学助教授、1991年教授に就任。
時は流れ、佐々木は数学史・科学史界の権威として地位と名誉を固めてゆく中…

2004年11月27日、初代スレ「佐々木力を叩こう」がKOMAVAと名乗る人物>>1により設立。
現在ミラーサイトはここから→http://ruku.qp.tc/dat2ch/0501/05/1101566266.html
2004年12月24日付の東大による発表で、佐々木力教授は指導下の女子学生への度重なる
セクハラおよびストーカー行為により2ヶ月の停職処分となる。
2005年元旦、岩井洋により二代目スレ「佐々木力を叩こう2」誕生。
→http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1104588349/

そして2005年1月…
ついにスレタイから「数学」が消えました。三代目スレでも佐々木叩きは止まりません。
偽善者、売名家、詐欺師、煽動主義者、歴史歪曲・捏造家、内ゲバ屋、権威主義者、学問商売人、
その他全て最低の屑人間の破廉恥極まりない腐れ左翼、悪魔のエロ外道人権破壊ハラスメント糞男。
このスレは佐々木が自分の犯罪を認め東大を辞職するまで上がり続けます。
今こそネット住民の全ての怒りをこの犯罪教授にぶつける時です。
佐々木を誹謗中傷する書き込み・内部告発・佐々木らのインチキ学問に対する批判大歓迎。
岩井によるセクハラ制裁措置も順次発動。本スレは佐々木追放のために皆の怒りの声を求めている!
       セクハラ東大教授佐々木力は辞職しろ!

犯罪者 佐々木力の顔写真はここから→http://hps.c.u-tokyo.ac.jp/new/staff/sasaki/
佐々木本人による略歴と自慢話を読むには→http://www.sakamura-lab.org/tachibana/hatachi/sasaki.html
佐々木の所属先はここ→http://www.dbs.c.u-tokyo.ac.jp/index.html
0005132人目の素数さん2005/07/31(日) 03:57:02
ところで岡本和夫スレが前あったと思うんだけどあれってどうなったの?
0006132人目の素数さん2005/07/31(日) 04:08:27
自慢話とやらでも読もうと思ったけど、抹殺済みのようだね。
http://www.sakamura-lab.org/tachibana/hatachi/
0007名曲紹介2005/07/31(日) 04:11:24
533 :セクハラ教官佐々木 :2005/07/30(土) 21:58:49
>>529
さらば駒場よ  旅立つ人は
セクハラ教官佐々木
彼方の故郷   東北の地へ
運命背負い   今とび出す
必ずここへ   帰って来いと
手をふる人も  いなくてショック
駒場をはなれ  東北の地へ
はるばる向かう セクハラ教官佐々木

さらば上野よ  岡本君よ
佐々木を支持したボスよ
数学救う    使命を帯びて
戦う院生    大明神
誰かがこれを  やらねばならぬ
期待の人が   俺たちならば
PCをはなれ  数理の棟へ
戦い挑む    アカハラ教官どもよ

http://www9.plala.or.jp/gomakasu/japanese/yamato/ya_duo.html
0008132人目の素数さん2005/07/31(日) 06:41:15
二十歳のころ
佐々木のが消されてやんの
プッ
ざまあみろ
0009132人目の素数さん2005/07/31(日) 21:16:56
トロツキストが中共スターリニストにハメられた、という見方はできないだろうか?
0010132人目の素数さん2005/07/31(日) 22:31:40
トロツキストが中共スターリニストにハメた、と同義になる謎。
0011& ◆sQw2IvQ8pg 2005/07/31(日) 22:36:21
俺もトロツキストだよ。佐々木は嫌いだけど。
0012132人目の素数さん2005/07/31(日) 23:35:30
絶滅危惧種という意味では、アナーキストの俺と(・∀・)人(・∀・)だな。
0013132人目の素数さん2005/08/01(月) 02:50:53
塵情報も積もれば山となる。

     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&佐々木力
0014132人目の素数さん2005/08/01(月) 02:52:16
佐々木力と淡中忠郎

私の数学における専攻は代数学で、師は淡中忠郎先生でした。1908年生まれの
淡中先生は、1930年代に日本で最初に抽象代数学を受容した世代の代表的数学
者で、可換位相群についてのポントリャーギンの双対定理を非可換な場合に拡張
し、いわゆる「淡中の双対定理」を証明した数学者として世界の数学界で知られ
ています。

ちなみに、淡中先生は、四国の松山出身で、おとうさんは、淡中済(わたる)と
いい、夏目漱石の『坊っちゃん』の中の登場人物の「山嵐」、こと「堀田」のモ
デルになった数学教師の後任として松山中学(旧制)で数学を教えた人物でした。
数学の秀才少年であった淡中先生は、その当時は林鶴一、藤原松三郎などを擁し、
「東北月沈原(ゲッティンゲン)」と呼ばれ、日本の数学研究をリードしていた
学都仙台にはるばると四国の松山からやってきたのでした。私は淡中先生の最後
の弟子の1人に当たります。私は宮城の田舎の産で、ごく自然に東北大学を最も
有力な大学と考え、憧れて入りました。
http://www.copymart.jp/iiasap/pdf/101.pdf
0015132人目の素数さん2005/08/01(月) 02:57:05
セクハラ教授佐々木力についての週刊新潮の記事
http://f20.aaa.livedoor.jp/~merc/sasaki_shincho1.jpg
0016佐々木の”復帰”2005/08/01(月) 03:04:20
第 9 回数学史研究集会のお知らせ
http://www.tcp-ip.or.jp/~hom/historyofmath/meeting/hmrims.html

日時: 2005 年 8 月 23 日(火)13:00 〜 26 日(金)17:00
場所: 京大数理解析研究所

8 月 24 日 (水)
15:20--16:10 佐々木力(東大大学院・総合文化研究科) 「数学の革命とはいかなるものか?――微分積分学の基本定理をめぐって」
16:20--16:50 三浦伸夫(神戸大学・国際文化学部) 「ピサのレオナルドとユークリッド『原論』」

0017佐々木力にきく12005/08/01(月) 04:36:04
佐々木力にきく
http://tron.um.u-tokyo.ac.jp/tachibana/hatachi/sasaki.html
-----------------------------------------------------------
佐々木力(ささきちから)
科学史家。一九四七年宮城県生まれ。一九六九年東北大学理学部(数学専攻)卒業、
のち同大学院を経て、プリンストン大学Ph. D.(歴史学専攻)。
現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。著書に、「科学革命の歴史構造」、
「生きているトロツキイ」、「科学論入門」、「学問論―ポストモダニズムに抗して」
など多数。
------------------------------------------------------------

佐々木氏は宮城県と山形県の県境、仙台平野の奥まった地域の農山村、
小野田町に生まれた。全国有数のブナの森をもつ標高一五〇〇メートルの山がある、
自然に恵まれた東北の典型的な貧しい町であった。父親は建築大工の棟梁、母親は、
若い時代は製糸女工、のち農業をしながら家事に従事していた。

「今でも自分のベッドや本棚は自分で作ったものを使っていますが、
小さい頃から大工仕事が得意でした。父親の仕事について回ったり、
家の修理をしたりしていました。手先が器用だったので、
父親は父の跡を継いで私が建築大工になることを期待していました。
私自身も、父のもとで大工の徒弟修業をするか、兄のように工業高校に
進もうと考えていました。」

しかし、佐々木氏は建築大工にも、兄たちのように工業高校に進学する
こともなかった。
0018佐々木力にきく22005/08/01(月) 04:40:48
「中学三年生の時に宮城県全体の実力試験があったんですが、その結果
トップテンのリストに名前が載ったりしていました。こういったことは、
田舎の中学校ではたいへんめずらしいことだったと思います。また同じ頃、
十五歳の時、東京・横浜・鎌倉に修学旅行に出たんです。それはなんのためか
といいますと、東京などの大都会の観光という意味もありますが、
それだけではなかったんです。私たちの田舎の中学では、卒業とともに
半数ほどは集団就職してしまうのが常でした。集団就職っていうのは、
東京の下町の工場なんかに就職するためにみんなで郷里を出ることなのです。
ですから、突然、東京に出てきたりするとショックを受けかねないというので、
“リハーサル”、すなわち実社会での生活の練習のために東京を一度見せておく
という意味もあって、修学旅行に出る習慣になっていたのです。
その春の修学旅行の際に、東京の地下鉄の会社(帝都高速度交通営団)に
つとめていた兄から『お前は末子なので、両親はどう言うか分からないけれども、
兄たちでともかく応援してやれるから、授業料の安い国立大学であれば大学進学も
可能なので、その準備のために普通高校に入れ』と言われたんです。」

こうした経緯で佐々木氏は古川高校に入った。

「数学の先生で芸術的な授業をする人がいて、数学が好きになりました。
ほとんど毎日数学の問題を解いてましたね。一つの問題集の解答をすべてを
ノートに書いたものはいまでも古川高校に伝えられているはずです。
全五冊ほどにはなったはずです。」
0019佐々木力にきく32005/08/01(月) 04:41:33
数学に熱中した佐々木氏はしまいには全国でも有名なほど数学ができるようになった。

「はじめはエンジニアになるために工学部に行こうと思ってたんですが、高校三年生の時
に気づいたんです。どうも理学部というところは勉強だけしてればよく、数学をやってい
るだけで飯が食えるらしいということを知ったわけですよ。とにかく数学をやって飯を食
っていけるというのは私にとってはパラダイスのような感じでしたね。ある時、古川の町
にあった受験参考書を売ってる本屋に行って、『方程式』などという本を見つけて、それ
にエヴァリスト・ガロワの話が載っていたんです。五次以上の代数方程式の解が普通のや
り方では存在しないことを一般的に示したというのですが、解いてみせるのが数学だと思
ってたのに、解けないことを示したということに非常に感動しましたね。今になってみれ
ば、ごく自然な初等的な数学の結果にすぎなかったわけですが。」

佐々木氏の二十歳までの夢はガロワになることだった。 結局、佐々木氏は東北大学理学
部に進学することになった。

「大学の授業にはほとんどすべて出席しました。なかでも数学の勉強を一生懸命しました。
だいたい大学の教養課程の二年で、卒業まで必要とされるものは全部読んじゃった、そん
な感じでした。その頃の数学だとブルバキという数学者のグループがフランス語で書いた
『エレマン・ド・マテマティク(数学原論)』というシリーズ本がアヴァンギャルド的な
もので、その難しいフランス語のテキストを読むことが自分が数学少年であることの証だ
と考えて読んだりしていました。ウルトラ抽象的なスタイルの数学が好きでした。」
0020佐々木力にきく42005/08/01(月) 04:43:12
三年生になって、佐々木氏は理学部数学科に進学した。二十歳だった。

「数学科の学生にとって、三年生の時が一番重要なんです。どうしてかというと、現代化
した数学の基本を学ぶからです。たとえば代数方程式についてのガロワ理論だとか、位相
空間論、微分幾何学、実解析、複素解析の基礎などです。午前中にそういうもののレクチ
ャーを受けて、午後は一時から五時まで演習です。先生が助手を連れてきて、問題用紙を
配って二時間ほどで解かせる。それを必死になってやるわけです。そのあと先生に当てら
れた人が板書するんです。私が解いた問題について、ある教授が『これはだれが解いたの
か?』と聞く。私はてっきり解答が誤っていたのかと恐る恐る手をあげましたら、先生は
先生が予想してもいなかったみごとな解答なので、感心したのだそうな。あとで数学科時
代の同級会がありまして、同級生が言うには、『佐々木、おまえは数学ができたよな』。
そういう時代があったのだな、と懐かしい思いがしました。二十歳のころは農学部の同級
生に好きな女子学生がいて、せっせと手紙を書いていた。彼女にしてみれば、幼稚な文面
と映るだけだったかもしれません。結局、実りある結末にはいたりませんでしたが、これ
も甘酸っぱい味のする思い出です。」
0021佐々木力にきく52005/08/01(月) 04:44:14
一方、当時の大学のキャンパスにはヴェトナム戦争反対の声が満ちあふれていた。佐々木
氏は学生運動の方もやり始めると徹底してやらないと気がすまなかった。マルクスの『資
本論』、トロツキイの『ロシア革命史』、ドイッチャーの『トロツキイ伝』などを読み、
さらには理学部の友人たちと語り合って、ヴェトナムの解放に連帯して理学部反戦行動委
員会を組織して、学生を動員して活発な反戦運動を展開した。しかし、あくまで数学青年
であった佐々木氏はつねに数学を中心に考えていた。転機が訪れたのは一九六八年、大学
四年の時だった。一九六八年という年は、青年の世界的な急進化の時代で、フランスにお
ける五月革命、ヴェトナム革命の前進、チェコスロヴァキアにおける反官僚闘争などによ
って特徴づけられる。日本においては、一九六七年以降の羽田、佐世保、王子など、ヴェ
トナム戦争をめぐる一連の反戦闘争を経て、一九六八年後半から六九年にかけて、「全共
闘運動」と呼ばれる運動母体による大学闘争の爆発を迎えた時期に当たっていた。

「私は東北大新聞社の新聞に原稿が掲載してい関係で、その学生団体と親しくしていたん
ですが、その関係で六八年の十月に東大に取材に行ったんです。とくに印象的だったのは、
都市工学をやってる大学院の研究室に行くと、そのころカストロと一緒に活躍したチェ・
ゲバラなんかの肖像を研究室に貼っていて、今まで革命なんかまったく関係なかったよう
な人が三里塚の空港の設計を拒否すると言っていたことですね。また、医学部の闘争にか
かわっていた人たちが、医学の改革をしようとしていました。それは単なる政治的なスロ
ーガンだけじゃなくて、たとえば水俣の公害を考えてみれば分かるように、自分たちが加
害者になってるんだということに深く悩んでいました。こういったことは、それまでの古
いタイプの科学者とか技術者には考えられないことでしたね。
0022佐々木力にきく62005/08/01(月) 04:45:20
それまでの科学は、性善説、すなわち科学の本性を本質的に善であると見なす観点から
とらえられていたわけです。それが三里塚だとか、水俣のことで問題孕みになった。そ
ういったことが私たち理科系の学生にとってはたいへんな問いかけになったわけです。
それは普通の雰囲気じゃなかった。みんながヴェトナムのこと、水俣のこと三里塚のこ
とを考えていた時代ですからね。それから、ちょうどその頃はフランスでも五月革命が
爆発し、フランスから闘っている学生が日本に来てパリで起こっていることを聞いたり
で、非常に感激しましたね。フランスのトロツキスト運動のリーダーになっている彼女
とは二年ほど前、再会することができました。ジャネット・アベールというキューバ史
を専門としている人で、彼女の著作はカストロも読んでいるそうです。」

大学を卒業するや大学院に進学し、数学の研究を進めた。

「数学では有名だったので、大学院の口述試験の時なんか『佐々木さん、奨学金はいりま
すか?』と言われて『はい、いります』と答えると『じゃあ帰っていいです』という具合
でした。」

数学以外の道は大学院のマスター一、二年ころまではまったく考えていなかったという。
0023佐々木力にきく72005/08/01(月) 04:47:20
「私がやっていた数学の分野について言いますとね、代数幾何学という高度な代数学の分
野があって、たとえば小平邦彦さんとか、広中平祐さんとか、森重文さんとか、日本でフ
ィールズ賞をもらった人はみんな代数幾何学なんですけど、その隣接領域で代数群論とい
うのがあるんですね。それはクロード・シュヴァレーという人の書いた著書が標準になる
学問分野で、十九世紀のリー群論(無限個の要素をもつ群の一種に関する理論)の変種と
考えていい理論です。その代数群論の一種で、線形代数群の分類理論が私のマスター論文
なんです。それを書いたんですけど、それをやったところで自分はどこかの大学の助教授
くらいになってそれでいいんだろうと思ったわけです。今だったらそれで上出来と思うか
もしれません。でも当時は青年の急進化の時代ですから、私も科学とか数学の責任問題に
ついて考えることを余儀なくされました。数学なんかに責任なんかないんじゃないかと思
うかもしれませんが、違うんです。そのころのヴェトナムへの爆撃は兵士が直接危険を犯
してやるわけではなく、オペレーションズ・リサーチという数学の理論を使って、攻撃目
標をできるだけ精確に攻撃するために空路まで定めて、それでもって爆撃することが一番
効果的という考えに立っていました。それで数学者の戦争加担ということが問題になりえ
たんです。とくに研究費がNATOから出てるということでね。日本やフランスの数学者
たちも、それに反対の声をあげるようになりました。それで私はドクターに進学した時点
で、やはり本格的な学問は、数学という学問を歴史的、総合的に反省する数学史だろうと
思って数学史をやることにしたんです。」

数学から数学史をやることにした佐々木氏だが、転換したら転換したで大変だった。
0024佐々木力にきく82005/08/01(月) 06:09:46
「語学を本格的にやらねばならなかったんでね、ドイツ語は高校の時一応やったし、英語
とフランス語は読めたのですが、数学史をやるためにはギリシャ語・ラテン語ができない
とだめ、イタリア語もガリレオを読むために必要だっていうんでね、私はドクターに行っ
てからは文学部に通って語学三昧の生活でした。ギリシャ語の授業なんて、初めは教室に
いっぱい五十人ぐらい集まるんだけど、古典語を学ぶのは根気がいり、たとえば一つの動
詞だけで二百くらい変化するから、みんなやめていくんです。それで、残るのは二人か三
人。イタリア語なんか私一人でした。ここから転げ落ちたらだめだと思って、辛抱強くや
ってました。」

東北大の大学院を出た後、東大の中世ラテン科学の専門家を訪ねた。佐々木氏はそこで本
格的に科学史を学ぼうと思っていた。

「その先生から、『日本はもういいからアメリカに行きたまえ』と言われて、すぐにアメ
リカに留学する準備を始めました。あのころ科学史で一番有名だったのはプリンストン大
学でしたから、プリンストンに行こうと思ってアメリカ大学院留学のための奨学金をもら
うために準備しました。」

結局、東大の大学院で研究生として留学の準備を進め、留学生試験に合格してのち、ただ
ちにプリンストン大学に留学することになった。
0025佐々木力にきく92005/08/01(月) 06:10:37
「プリンストンの生活はもう修道院生活同様ですね。歴史学科では、ともかく一週間に読
まなくちゃならない読書量は二千ページほどありました。外国人である私にはそのノルマ
は達成できませんでしたが、週末や長い休暇を利用して、できるだけ追いつくように努力
しました。私が学問的なアットホームさを感じることのできるアルママテル(ラテン語で、
慈悲深い母)はプリンストンの歴史学科、とりわけ科学史プログラムですね。」
「サルトルの友達でポール・ニーザンっていう人の言葉があるんです、『ぼくは二十歳だ
った。これが人生で最も美しい年齢だなどとは、誰にも言わせはしない』という言葉です。
彼にとって一番辛い時期が二十歳のころだったということだと思います。私も実感として
は二十歳ころっていうのはそうですよ。過ぎてしまえばどうということもなくとも、それ
こそ命を懸けてるようなことってあるじゃないですか。二十代の半ばころ、科学史を本格
的にやるために私のあこがれのプリンストンに行ったらどんなにいいだろうと思っていた
けど、行けば行ったで天国じゃない、かえって辛い思いをしてね。でも、それが今になっ
てみれば逆に楽しい。だから安易な道を選ぶよりは自分が本当に生涯やりたいことを選ぶ
のがいいと思いますね。それが二十歳ころの辛さであり、また特権です。」

「昨年から東京大学大学院数理科学研究科で数学史の講義をやっています。東北大学でも
数学史の集中講義をやりました。今年の秋は九州大学大学院でも数学史を講義します。今
後、数学者を養成する大学の大学院すべてで数学史を講義し、“全国制覇”するのが今の
夢です。」
0026132人目の素数さん2005/08/01(月) 10:09:49
>>17-25
「佐々木力にきく」は消されていたので、助かりました。

>>19
>佐々木氏の二十歳までの夢はガロワになることだった。
ああ、そう。ふ〜〜ん。
0027132人目の素数さん2005/08/01(月) 10:26:59
ひと日、わが精舎の庭に、晩秋の静かなる落日のなかに、
あはれ、また、薄黄なる噴水の吐息のなかに、
いとほのにヴィオロンの、その絃の、
その夢の、哀愁の、いとほのにうれひ泣く。

邪宗門は、一風変わった喫茶店
http://www.jashumon.com/index.htm
0028132人目の素数さん2005/08/01(月) 10:36:51
>>25
> 私が学問的なアットホームさを感じることのできるアルママテル(ラテン語で、
> 慈悲深い母)はプリンストンの歴史学科

これこれ、これですよ。佐々木のイヤ〜なしゃべり方は!
0029132人目の素数さん2005/08/01(月) 17:40:11
>>17〜25
早い話がクズれたのね…。でも、クズれるにしてもこういうクズれ方はしたくないね。
0030132人目の素数さん2005/08/02(火) 03:10:49
佐々木は講義してるのか? 学生指導してるのか?

教授のセクハラ、懲戒処分は妥当…東京地裁判決
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050627-00000412-yom-soci

 お茶の水女子大(東京都文京区)の大学院教授(58)が、「事実でないセ
クシュアルハラスメントを理由に、不当な処分を受けた」として、同大に、停
職3か月の懲戒処分取り消しと1000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が
27日、東京地裁であった。

 難波孝一裁判長は、セクハラがあったと認定し、懲戒処分も妥当としたが、
「不当に長期間、講義をさせない措置を続けた」と述べ、100万円の支払い
を命じた。

 判決によると、教授は1999年5月、韓国人の女子留学生と飲食し、タク
シーで自宅マンションまで送ったが、この間、留学生の体を触るなどした。同
大は2001年2月、停職3か月の懲戒処分とする一方、01年5月から04
年3月まで教授会への参加や講義を認めなかった。判決はこの措置について「03年3月までで十分だった」と指摘した。
0031132人目の素数さん2005/08/02(火) 06:00:06
>佐々木氏の二十歳までの夢はガロワになることだった。

それでどうして今度の講演のお題が

「微分積分学の基本定理」

なんだよ?

はるかに退化してんじゃねえか

やっぱり馬鹿だコイツは
0032132人目の素数さん2005/08/02(火) 15:56:00
気象台係長、女子休憩室に侵入し辞職

東京管区気象台は2日、庁舎内にある女子職員用の
休憩室に侵入したなどとして、同管区内の50代の
男性係長を国家公務員法違反(職務上の義務違反な
ど)で、1日付で停職1カ月の懲戒処分としたと発
表した。係長は処分を受け、辞職した。
0033いやな男!2005/08/02(火) 16:14:24
私ははじめは数学者だった。
しかし、フォン・ノイマンのような生き方をたどることを拒否して、
数学を飛び出し、数学史家となった。
そして、彼とは対極的な半生を意図して歩んできたんだ。
http://www10.plala.or.jp/naruhodokagaku/kagakuron/tsasaki.htm
0034全ての人々に謝罪する2005/08/02(火) 16:20:43
我々の元同志、佐々木力氏のセクシャルハラスメントについて
全ての人々に謝罪する
http://www.interq.or.jp/leo/sinter/old/pow181.htm
0035ハラスメントの事実12005/08/02(火) 16:22:53
●留学生Aさんに対する観光旅行同行の誘い(3年春)

この年同時期に、佐々木氏、Aさんには各々海外での研究活動の
予定があり、双方の活動地は比較的近かった。佐々木氏の場合は
科学史国際セミナー。彼はセミナー終了後の保養観光(2、3日)
を計画し、そこへのAさんの合流、その後の研究者紹介を提案。
当初Aさんは了承したものの、旅程確定期日が迫るにつれ、2人
だけの旅程に不安を深め、Eメールで婉曲に(経済的理由など)、
しかし明確に辞退を表明(3年7月半ば)。

●上記辞退を起点としたEメールによる威圧と人格非難(3年7月後半)

佐々木氏は、Aさんの懸念への何らの洞察もなしに辞退の翻意を
促しつつ、もっぱら「ドタキャン」を理由に、Aさんの学問的将
来性に触れつつ、国外での研究活動そのもの中止の可能性や研究
者紹介の取り止めを含む事実上の恫喝、さらに不誠実、幼稚など
と人格非難(この間、Aさんと数通のメール交換)。
0036ハラスメントの事実22005/08/02(火) 16:23:45
●研究に関するAさんの要求の拒絶

上記メール交換の過程でAさんは、佐々木氏に対する不信を決定
的に深め、恐怖を感じ、Aさんの研究方法についてある要求を申
し出たが、佐々木氏はそれを拒否(3年7月末)。

●我々の佐々木氏批判に対抗するためのAさんの巻き込み(3年10月)

佐々木氏の理解する我が同志達からの「いわれなき佐々木告発」
に関し、Aさんに自己批判要求。それは、佐々木氏本人からのE
メールによるものだけではなく、他の留学生を通してもなされた。

●「学問の正道」への復帰を要求する、執拗な働きかけ(4年1月〜4月)

佐々木氏に対するAさんからの年賀、及び誕生日祝賀メール(常
識的には東洋的儀礼)を契機に、佐々木氏が考える「学問の正道」
への復帰を要求する働きかけが始まる。特に3月末以降は、Eメー
ル頻度が激しくなり、日常生活並びに研究生活に関わる恐怖をA
さんに強く感じさせた。
0037132人目の素数さん2005/08/02(火) 16:27:26
>>34-36
こんな男が平気で東大教授のままでいる!
しかも、完全復帰をめざしているという。
0038132人目の素数さん2005/08/02(火) 17:49:48
佐々木は2006年度の院生は受け入れないとのこと。

※印の教員は平成18(2006)年度は大学院生を受け入れない

佐々木力(近代科学史・数学史) ※
西欧近代での数学を中心とする精密料学の成立史を思想史・社会史的に
理解しようとしている。数学に関しては古代から現代まで、非西洋地域
についても、また哲学的側面にも興味をもっている。
http://www.dbs.c.u-tokyo.ac.jp/kenkyu/kenkyu1.html
0039132人目の素数さん2005/08/02(火) 17:56:19
去年12月に佐々木は判定能力のない分野の学位論文の主査になっていた!

報告番号学位記番号第16150号
授与年月日2004年12月24日
学位の種類博士(学術)
氏  名岡本拓司
論文題目Percy Williams Bridgman and the Evolution of Operationalism
    (パーシー・ウィリアムズ・ブリッジマンと操作主義の展開)
審査委員会委員
(主査)教授 佐々木力
    教授 村田純一
    教授 小宮山進
   助教授 廣野喜幸
日本大学教授 古川安
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/jpn/kyokan/ronbun/ronbun_12_24_okamoto.html
0040132人目の素数さん2005/08/02(火) 18:03:26
ここでは、学位のない岡本拓司まで審査委員だった。人手不足なのか?

報告番号学位記番号博総 第511号
授与年月日2004年5月27日
学位の種類博士(学術)
氏  名金成根(きむそんくん)
論文題目19世紀東アジアにおける科学概念と自然観の変容
審査委員会委員
(主査)教授 佐々木 力
   助教授 廣野善幸
    講師 岡本拓司
    教授 伊藤亜人
東京理科大学 講師 愼蒼健
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/jpn/kyokan/ronbun/ronbun_05_27_kim.html
0041132人目の素数さん2005/08/02(火) 18:08:36
ついに、佐々木派の岡本拓司が助教授に昇進。
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/jpn/kyokan/new_05_04_okamoto.html
0042132人目の素数さん2005/08/02(火) 20:29:02
>>19
まんまドクトルクーガーの名言を思い出したよ(GaloisじゃなくてGaussだけど)。
「Gaussになれるかどうかは神のみが知りたまう。そして、どうしてもGaussになれるんでなければイヤだ、さもなければ数学なんかやってもしようがないと言われる方にはこう申し上げます。

あなたは数学が好きなのではない、何か別のものが好きなのです」
0043>>242005/08/17(水) 20:28:14
日本語は一種類(=出身地方の強烈なアクセント)しか
しゃべらないというのは本当か?

語学の達人なら,標準語と方言の使い分けなぞ朝飯前の
はずだが.
0044132人目の素数さん2005/08/21(日) 15:38:41
【悪を】織田孝幸スレッド【倒せ】
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1124601339/
0045132人目の素数さん2005/08/24(水) 17:43:14
>>16>>43
今日佐々木の話を聞いた
内容は皆無でつまらなかった
無駄口ばかりで時間が足りず10分も延長してみんなに迷惑かけた
知識をひけらかすだけが生き甲斐みたい

やな奴だった たしかに自慢屋
訛はひどいので聞き取りにくい
そのため日本人名も外国人名にきこえる

0046132人目の素数さん2005/08/24(水) 17:53:49
>>45
録音・録画はしてなかったんか?
覚えてる範囲でかまわないので
なるべくくわしくどんな内容か教えてくれ
0047132人目の素数さん2005/08/24(水) 18:03:35
>>46
そんな目立つことするか

まずクーンの本 科学革命...についてひとしきり
中山の翻訳はひどすぎると 録音されて本人に聞かれたら困る
といいながらけなす
そして数学において革命があるのかないのかの諸説
と自分の自慢 クーンのあさいちの講義に最前列で出たんだと
そこにいると口から卵のかすが飛んでくるんだと

以下そんなどうでもいい話と
数学史の方はもっとどうでもいい
アルキメデスの求積と17世紀のつながりと
とりちぇりとかばーろーぐれごりもふくめて
にゅーとんとらいぶにっつ
新鮮さもない
ついでに今度出る予定の新しいシリーズ筑摩の文庫の
自慢と宣伝

まだあったけど
例えばそんなとこ
0048132人目の素数さん2005/08/24(水) 18:24:28
>>47
場の雰囲気はどうだった?

聴講者の属性(佐々木の弟子筋,ひやかし,etc)の
比率とか数とか
例の事件に触れたとかなんとか
0049132人目の素数さん2005/08/24(水) 18:38:16
>>48
それについてはよくわからない
昨日は行かなかったし
でも出席者は常連の爺さん婆さん系統が多いし
冷やかしはあんまりいなかったのではないかな

例の事件は触れようがないと

出席者は狭い部屋だから結構満員(いつもそうだと思うけど)

あと次の講演のコメントも知識をひけらかして嫌みだったな
0050132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:17:41
>あと次の講演のコメントも
あと次の講演へのコメントも
に訂正
0051132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:21:26
>>49
次の講演といえば、神戸大の三浦だね。あの人は佐々木の忠実な子分!
0052132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:29:29
>>47
>今度出る予定の新しいシリーズ筑摩の文庫の自慢と宣伝

うん?佐々木がシリーズを出すってこと?何を書くんだ?ヤツは。
まさか、「微分積分学の形成」とかではあるまいな。
0053132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:30:14
>>51
それで綴りの誤りを指摘されたら
へいこらと
違う箇所を訂正していたのか
Boncompagneだったかなんだか
mがnになってるといわれてBom-と直していたんで
おかしいなと思ったんだ
0054132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:35:36
>>52
数理科学かなんかの学術文庫みたいなこと言ってたな
その最初のを飾るんだそうだ
今日の話の詳しいところ(数学のことかな)が入ってるとさ

その文庫の同時発行が朝永振一郎だと
さりげなく嫌みに自慢してた
0055132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:37:51
数学の本 第12巻

305 名前:132人目の素数さん :2005/08/24(水) 19:18:33
なんで誰も出さないんだ。近藤洋逸の数学史を!
著作集を買え!
306 名前:132人目の素数さん :2005/08/24(水) 19:22:12
>>305
わっ
今日京都で
聞いたばかりの
本が
宣伝に
0056132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:40:04
>>53
それは傑作!三浦は神戸大の教授なんだけど、まだ学位がない。
だから、どんなに辛い目にあっても、我慢しているらしい。
佐々木から学位をもらうしかないからね。
0057132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:42:41
>>54
>さりげなく嫌みに自慢

うう。佐々木らし〜〜い!
0058132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:43:44
>>56
だから時間を延長して自分の講演時間に食い込んでも
文句ひとついわないってわけか
0059132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:45:33
佐々木の編集で『近藤洋逸数学史著作選集』というのが日本評論社から
出ているんだけど、この近藤洋逸というのはマルキストの数学史家。
0060132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:47:56
>>58
それどころではない。佐々木が一人では辛いだろうということで、
わざわざ自分が佐々木のつぎに講演するように仕組んだらしい。
ちなみに、あの集会の世話人(小川束)は佐々木の弟子。
0061132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:51:38
あの集会の実質的な支配者は小松彦三郎。
小川束が佐々木の弟子なのに世話人ができるのは、
小川が学習院の出身で弥永昌吉の「支え」があるかららしい。
数学界と佐々木はそのようにしてかかわり合っている。
0062132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:54:15
>>59
佐々木はさらに同じ日本評論社から三上義夫(有名な和算史家)の
著作集も企画中だとのこと。セクハラ問題もウヤムヤぎみだから
近々出版されるのでは。。。
0063132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:56:29
ということは佐々木はすでに復権してしまった?
0064132人目の素数さん2005/08/24(水) 19:57:41
おそらく今回の数理研での登場が復権の烽火になるものと
0065132人目の素数さん2005/08/24(水) 20:00:31
>>56
でも、そうすると、佐々木はなかなか学位を出さずに引っ張るかも。
学位で釣ってやりたい放題。おお怖い。
0066132人目の素数さん2005/08/24(水) 20:17:17
>>56 >>65
例の重厚高価な本『カッツ数学の歴史』の佐々木力の代理として、
上野健爾とともに監訳者になっているのもその三浦伸夫だwww
0067132人目の素数さん2005/08/24(水) 20:18:32
ほかには誰か佐々木の講演聴いた人はいないの?
感想教えて!
0068132人目の素数さん2005/08/24(水) 20:20:15
 
0069132人目の素数さん2005/08/25(木) 00:18:13
ロバ顔佐々木ひかりを思い出すな
0070132人目の素数さん2005/08/25(木) 00:58:18
2chの関係者で佐々木の講演聴いたのは約1名ということか
夏休みのせいかもしれないが
0071思い出そう佐々木のセクハラ2005/08/25(木) 02:16:15
●留学生Aさんに対する観光旅行同行の誘い(3年春)
●当初Aさんは・・・辞退を表明(3年7月半ば)
●辞退を起点としたEメールによる威圧と人格非難(3年7月後半)
●研究に関するAさんの要求の拒絶(3年7月末)
●佐々木氏批判に対抗するためのAさんの巻き込み(3年10月)
●「学問の正道」への復帰を要求する、執拗な働きかけ(4年1月〜4月)
0072132人目の素数さん2005/08/25(木) 02:18:24
現時点での佐々木の主張:

私はセクハラなどは一切やっていない。
すべてはAさんの誤解に基づくもの。
0073132人目の素数さん2005/08/25(木) 03:24:47
佐々木からプリンストンを引いたら何も残らない。
0074132人目の素数さん2005/08/25(木) 03:25:41
佐々木の弟子はかなりが逃げ出したとのこと
佐々木嫌いが声を出しつつあるのは面白い
0075佐々木の先生2005/08/25(木) 10:51:34
>>73
そのプリンストンにしても、(有名な)クーンの弟子だというような嘘を
いっている。本当は(無名の)マホーニィ(Michael Mahoney)
http://www.princeton.edu/~mike/
の弟子なのに。マホーニィの主著
The mathematical career of Pierre de Fermat (1601-1665),
Princeton University Press, 1973
は、かつてヴェイユの書評でコテンパにされた。
0076佐々木の先生22005/08/25(木) 10:52:40
佐々木のSupervisorはMahoney:
http://www.princeton.edu/~hos/hosalum.html

佐々木力編訳『歴史における数学』(勁草書房1982年)は、学位をもらう6年前に
ヨイショの目的でマホーニィの論文を翻訳して編集したもの。
0077132人目の素数さん2005/08/25(木) 10:57:56
数理物理は典型的な純粋数学。

応用とは何の関係もない
0078ヴェイユによる批判2005/08/25(木) 11:01:38
>>75
ヴェイユによるマホーニィ批判はこれね。

Review of "The mathematical career of Pierre de Fermat, by M. S. Mahoney",
by Andre Weil; Bulletin of the American Mathematical Society, Volume 79
(1973), pages 1138-1149.

Weil's attack on Mahoney's book is a bit one-sided (inmy opinion),
but nearly all of his points are valid.
http://www.math.wisc.edu/~propp/courses/491/articles
0079132人目の素数さん2005/08/25(木) 11:04:44
>>75
>>かつてヴェイユの書評でコテンパにされた。
マホーニィってのはよく知らないけどなんか幸薄そうなやつだな。よりに
よって相手がヴェイユか。きっとプリンストンの学生たちから冷たい視線を
浴びせられてたのだろう。
0080132人目の素数さん2005/08/25(木) 11:14:43
佐々木は現在、東大での学務・教務の一切の活動を停止させられている。
この停止措置は「懲戒」処分ではなく、再発「予防措置」とのこと。
0081132人目の素数さん2005/08/25(木) 11:18:07
佐々木力は廣松渉に取り入り、伊東俊太郎にゴマをすって東大講師の職に就いた。
奴は確かにプリンストンで博士号を取ったと嘘を吐いていた。
8年間も自分の経歴を詐称していた佐々木も、セクハラは2年間しか隠せなかったようだな。
0082佐々木力と中山茂2005/08/25(木) 11:20:47
科学史・科学哲学分科の教官による、科学史および科学哲学への入門的読書案内。。。
http://hps.c.u-tokyo.ac.jp/new/dokushoannnai.html

佐々木力
1.Thomas S.Kuhn,The Structure of Scientific Revolutions(The University of Chicago Press,1962;2nd ed.,1970,3rd ed.,1996).
 邦訳も存在するが、学問的に信頼できるものではない。

>俺もこれと同じ話を授業中に聞いたことがあるけど、
>4年で大学院中退して8年間も学位を詐称してた佐々木よりも、
>ちゃんとハーヴァードを修了してPh.Dを取得した中山茂の方が学問的に信頼できるわな。
>多分クーンの直弟子の中山を嫉妬してこういうことを言っていたんだろうね。

中山の訳の出来が悪いという話は主に佐々木とその取り巻きが中心になって広めた噂で、
別に他の科学史書に比べて特別に悪いということはないと思う。
0083132人目の素数さん2005/08/25(木) 11:27:42
>>79
>マホーニィってのはよく知らないけどなんか幸薄そうなやつだな。

はい。ヴェイユは非常に辛辣に批判しています。数学がわかってない
という批判はまだしも、ラテン語力がないなどということまで書かれて。
気の毒に、ヴェイユの攻撃のせいで、専門をコンピュータ史のような
ものに変更してしまいました。佐々木もこれを真似たのか、ちょっとだけ
20世紀数学史(コンピュータなど)に触れています。19世紀の数学には
触れませんが。
0084佐々木力は嘘つき2005/08/25(木) 11:31:31
オオカミ少年(チェリー),佐々木力教授の重ねた嘘の数々…

高校生の頃…井の中の蛙,DQN高校から模試に名前が載った程度のことを
      「全国でも名が知れた数学少年だった」と大風呂敷。

学部生の頃…大学2年で学部課程の数学をマスターし,ブルバキを原書で読破していたと吹聴するも,
      今だに書ける数式はST=f{E(x,y,z,t):T}のみ。

大学院の頃…数学が理解不能になり,現実逃避で学生運動にお熱をあげすぎて崩れたのを,
      「数学史へ関心が移行した」と誤魔化す。博士課程中退を「修了」とし,初めての学歴詐称。

アメリカ留学の頃…ギリスピー博士に自分の論文を絶賛されたと自慢するも,その論文の存在は確認できていない。
         優等生だったように偽っているが,本当は4年でプリンストンを追い出された。
         帰国後また「大学院修了,博士号取得」と学歴詐称。

東大教官の頃…あたかもクーンの直弟子であるかのようにふるまい学生の注目を集めるも,本当の指導教官はマホーニィ。
       研究室はアカハラ・セクハラの巣窟と化す。教え子の盗作論文多数の疑惑。

セクハラ発覚の頃…停職処分中,週刊新潮のインタビューに答えて,「あのセクハラというのは間違い。全くの勘違い。
         あんなことはセクハラに当たりません。」
         http://f20.aaa.livedoor.jp/~merc/sasaki_shincho1.jpg

佐々木氏に関する唯一の真実…「佐々木力は嘘つきであること」
0085132人目の素数さん2005/08/25(木) 11:38:28
以上の情報(>>75-84)の多くは、
佐々木が復権をめざして活動を再開しつつあるいま
再確認のために過去のスレからピックアップしたものです。
匿名の原著者たちに感謝します。
0086& ◆ueGjjyAmr. 2005/08/25(木) 11:47:27
>>85
ごくろうさまです。

思うに,いくら佐々木と言えど東大での復権は無理がありすぎるんじゃ
ないか?もし今すぐにでも研究・教育を再開したいなら東大を出て
私大に移るという手がある。ビッグネーム佐々木を欲するところは
たくさんあるだろうし,きっと厚待遇で迎えてくれるだろう。しかし
「東大」が「プリンストン」の次に好きな佐々木は定年まで居座るとは
思うが。
0087佐々木が帰ってきた!2005/08/25(木) 12:01:34
京大数理解析研究所における集会「数学史の研究」において
2005年8月24日(水)15:20-16:10に佐々木力は講演
「数学の革命とはいかなるものか?:微分積分学の基本定理をめぐって」
をおこなった。(>>45-49 参照)この冒頭でも佐々木は自分がクーンの弟子
であるようなことを話していた。そして、いつものように、
トマス・ク−ン著(中山茂訳)『科学革命の構造』、みすず書房、1971年
の翻訳への批判(クーンの弟子中山茂への攻撃)をうれしそうに語っていた。
ちなみに、ちょっと危ない内井惣七と佐々木の古巣東北大学の黒木玄が
佐々木による中山攻撃に賛同している。
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/Articles/kuhn-excerpts.html
読んでみたが文法的なあら探しばかりで泣けてくる。
0088132人目の素数さん2005/08/25(木) 12:06:17
>>85
要約ありがとう!

>>86
駒場としては、佐々木に自主的に消えてほしいようだけど、佐々木には
その気配がない。セクハラにしても「やってない」っていうからねぇ。
こういう厚顔無恥なヤツを追っ払うのは難しいのかもね。
0089佐々木と上野の接近2005/08/25(木) 13:01:00
2003年10月に佐々木力の弟子小川束(四日市大学)と上野健爾が協力して
数学史のセミナーを立ち上げたとのこと。

沼田敬忠著『小学九数名義諺解』上下
Huygens, "DeE Circuli Magnitudine Inventa Accedunt Problematum
Quorundam Illustrium Constructiones"(1654)
李冶『測円海鏡』(1248)

などを読んだという。
0090132人目の素数さん2005/08/25(木) 13:13:02
>>89
以前は、佐々木と上野の不仲説が流れていたが、そうでもないらしいね。
佐々木はセクハラ問題のせいで「妥協的」になっていそうだし、
上野は数学史に食い込みたいようだから、野合が成立しそうだ。
0091132人目の素数さん2005/08/25(木) 14:27:12
今日もやってるよね。京都の数学史の集会。
佐々木はどう?元気にやっていた?
レポートよろ。
0092132人目の素数さん2005/08/25(木) 16:02:47
水曜日の懇親会はどうだったんだ
佐々木は絶対に顔出してるよね
0093132人目の素数さん2005/08/26(金) 10:48:51
佐々木の京都への旅費・滞在費は
どこから出ているのだろう?

こいつらの自己満足のカルト集会のどこに
公益性があるのだろうか?

さっぱりわからない

誰か教えてくれないだろうか?
0094132人目の素数さん2005/08/26(金) 12:26:51
>>佐々木の京都への旅費・滞在費は
>>どこから出ているのだろう?
んなもん,自腹切っても喜んで飛んできまっせ。数万円で京都の研究集会1回分
の箔が付くなら安い安い。それにまた側近に自慢話ができまっしゃろ。「この前
RIMSの〜クンと話したんだが」ゆうて。
0095132人目の素数さん2005/08/26(金) 14:25:19
【COE】土屋・浪川←上野【黒幕!】
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1125001161/
0096132人目の素数さん2005/08/26(金) 14:25:52
禿藁は、土屋と浪川に嵌められた!(カワイソス
0097132人目の素数さん2005/08/26(金) 14:26:21
>>95-96
土屋と浪川の影に、上野あり!
0098132人目の素数さん2005/08/26(金) 14:29:17
佐々木力と上野健爾

:COE虚偽申請!
0099132人目の素数さん2005/08/26(金) 14:30:16
【ついに立つ】上野健爾スレッド【親玉・本丸】
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1117714255
0100132人目の素数さん2005/08/26(金) 15:47:02
>>67>>70>>91
今もまだやっているんだろうが
めんどくさくて
しかしUKJと佐々木の関係ってよくわからないな
0101132人目の素数さん2005/08/26(金) 16:23:35
>>93
この集会のきっかけは竹之内脩だったね
今も参加しているが
乗っ取られたのか

去年か一昨年の420でやったときは
関孝和全集について それを使ってどこが悪いんだと
怒って発言したが すぐに反論されて可哀想だった
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