>>504
オイラーは連続函数の定義でヘマをしたわけではないということでよろしいですか?
オイラーの時代は現代流の函数の定義が、つまり一意対応としての
函数概念がまだ確立されていなかった。(そんなものはまだ必要なかったから)
それが確立されたのは、コーシー流の解析学の論理的な基礎づけは避けて通れない道である
ということが誰の目にも明らかになった19世紀の中頃の話
文科系の人にとっては数学という学問の
オイラーからコーシー、ディリクレ、ワイアシュトラスにいたる
こういった一見変節とも見えるような変化に興味があるのではないですか?