【サボリ流家元】森毅【一刀斉】
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0428132人目の素数さん
2008/05/05(月) 15:39:01ずっと前に買ってからほとんど積読状態だったので、よくわからないけれど、
たぶんこのあたりが該当箇所かな。
「 ・・・ボクは頼まれないとうっとうしい方で、研究も同じようなところがある。研究というのは、
やはり論文を書いて売り込まないといけない。論文を書いてまとめることに熱心な人もいるが、
それがボクはイヤなタチ。北大で教授とまずくなった時は、一人で売り込まないといけないので、
チョチョッと書いたけれど、京大に職が決まってしまってからは、あまりやる気もおきない。
あとで教授になる時、ちょっと困った。(文庫P.62)
(中略)
友達に「もうちょっと研究をやらんといかんでぇ」と言われたけれど、数学教育と数学視に
関心が湧いたのは、六〇年代後半のこと。文系の授業をもったことが発端。文系の授業をもって
数学史の話をした時に、これがまた、本になっている数学史じゃ気にいらず自分流に筋を
つくってしまう。それから、組合に関わったおかげで、今度は数学教育の研究会などに
つきあうようになった。(文庫P.66〜67)
(中略)
たいてい、このようなことは、歳を取ってから、五十歳、せめて四十歳になってから始めるもの。
だから、数学教育や数学史を始めると、業界内部では悪口を言われる。研究の能力が落ちたから
数学教育を始めた、数学史を始めたとか。でも、そんなことを言う人がちゃんと研究しているかと言えば、
そうでもない、フリだけだったりする。だいたい、数学教育や数学史に関心をもつと業界内部では
わりに卑しめられるし、ご隠居さんの研究と見られる。ボクは当時、まだ三十代だった。でも、五十代になって、
研究するフリをしているより、新しいことをする方がマシだから、あれは、昔流の数学の研究しかできない人の
ひがみとも思う。しかしまあ、三十代の研究者が興味をもつのは、かなりケッタイではあった。
教授になる時は、そのあたりでなったけどね、別格コースというか。(文庫P.67〜68)」
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