昔、九大理学部数学科には「梶原学派(または梶原一座)」と呼ばれる
多変数函数論の一派が存在した。梶原の講座にはじめ講師、
後に助教授として吉田が赴任した。ほぼ同じころ、工学部に
西野が京大から移ってきた。西野は腹心の鈴木を講師(後、助教授)
として連れてきた。まもなくもうひとりの子分の木塚を助手にした。

西野一派は梶原一派をばかにしていたね。吉田は梶原のところにいたが、
腹で梶原をこばかにして西野一派と仲良くつきあっていた。
吉田のあとがまの助教授が三町だよ。

というわけで、数理ができた時点ですでに巨大な吉田一派が
できていたというわけ。