いまが理学部の建物が建っているあたりは、
かつて尾張藩の刑場があった場所だ。浮浪者狩りをして
処刑したというので「浮浪町」などと呼ばれていたが、
それがやがて「不老町」と表記されるようになったらしい。
当時は猫が洞騒動といわれた百姓一揆で処刑された幾百もの
遺体が埋められたのが多元数理棟の真下あたりだとされている。
生き霊のみならず、死霊の祟りもあるに違いない。
あな恐ろしの怨霊なり。