高橋誠の役割と逃亡

四方氏を欠いてはこれまで通りユニークな問題を作ることは覚束ない。つ
いに数コンも潮時か、そう思われたとき、わが多元数理のマネージングプ
ロフェッサーであった高橋誠氏が立ち上がった。研究科のスタッフ一人一
人に声をかけ、数コンの問題作成に協力するよう頼み廻ったのである。高
橋氏は1995年に文部省から出向されて以来、四方研究科長の片腕として
数コンの事務・運営を切り盛りするのみならず研究者のためそれこそ粉骨
砕身の努力をされていたので、研究科内の信望は厚く、たちどころに筆者
を含む5人が新たに問題作成委員として加わった。新たな会長には伊藤正
之氏が請われて就任し、何とか1998年度の数コンに向けて船出すること
ができたのであった。高橋氏は名古屋大学法学部出身であり、学生時代は
カントやハイデッガーなどの哲学書にも相当親しまれたと聞く。集中講義
の一科目のため惜しくも全優を逃したという秀才らしく、オフィスには教
育行政関係や資料や専門書がいかめしく並んでいた。マネージングプロフ
ェッサーとしての繁忙ぶりはすさまじく、ただでさえ狭いオフィスには大
きなカラーコピー機が同居しており、氏はソファーベッドで仮眠をとりつ
つ夜通し仕事を続けられることもまれではなかった。数コンがテレビで紹
介されるのに先立って広報ビデオを作成したのも彼である。1999年に高
橋氏は古巣の文部省(現・文部科学省)に戻られ、現在は放送大学の事務
方のトップとして活躍しておられる。彼の存在は数コンにとって、まさに
地獄に仏であったといえよう。
http://www10.plala.or.jp/mathcontest/tyousenn.pdf