文学は適当な図書館があればいいし、コピーを取ることも少ないし
特定の要求がなければ原語で読む必要もないので安くて済むけど
ただ、近所の図書館でカナーリ貴重な本が大部紛失してる。
  哲学系の人が読んだらしき書にへんなメモが挟まってることがあり、それをたまに見つけるたびにドキドキした。
原語で読む時には相当量の、原語についての文学的素養が必要なので
あえてチャレンジする必要性もないかもしれない。
  原語にこだわるとただ朗読・朗唱ができるだけの人に陥る可能性も。
 またそのときの学習するものは、英検1級とかそういうものとは別物。
  Edoardo Sanguinetiとか翻訳できないものを書いてる人のものを読みたいときは、
  持ってる人を見つけてコピらせてもらうのかな?
   ジョイスの翻訳者は同業者にはボロクソに叩かれてるけど、 あれはあれでチャレンジとしてえらいと思う。
   ボードレールなんかは日本語に翻訳されたものが
   逆に表現的に非常に美しいものとして海外の人に分析されてるようだ。
   翻訳のときに発揮された日本人の感性を高く評価してた。
  原語でバリバリ読むとなると、大金持ちらしいウンベルト・エーコに代表されるように
  本を集める相当な財力と遊んで暮らせるようなのんびりした学習環境。
    ちょっとした貴族の娯楽の類。
  西洋人がよく用いる「接ぎ木」という語があって翻訳もその一つか。

   京都によしますごうぞうという人がいるらしくて
  その作品は知らないけど、ただ何故か気がついたらレクチャーに紛れ込んでしまったことがあって
   最後に配られた手書きの雑文に見られる字や文態の美しさに、ちょっと鳥肌が立ったことがある。
   詩の場合は活字にしてしまうと段組なども含めて色々な要素が死ぬような感じだけど
    文学を、あちこち添削してある原稿で読むのが思考の糸を辿る楽しみというか結構面白いそう。