浅学ですが講釈させていただきます。

古代中国では、大学入試数学の極意が研究されていた。
そこで研究され現代まで伝承された技術を総称して受験学という。
李朝に現在の雲南省奥深い山にその総本山があった。
第四十四代師範である角解礼が編み出した奥義があった。
すなわち、教科書レベルの基礎を履修(当然公式は暗記)し、
次いで過去問をやると同時に過去問分析の解法暗記し、
本試験に想定される設問に公式を適応する型を身につけるというものである。
これが、世に言う「譜路世素地衣図」なる座標系である。
孔子は幼少時に科挙になる受験勉強において、その術を身につけ
「これこそ王道」といい、東大入試医学部の入試問題さえその全てが解けるとして称えた。
それに対し老子は「いかばかりの理解も見出さん、それ数学に非ず」といって激しく批判し、
後にこの二人が決闘する発端となった。