第一次「多元の乱」とは、四方とその直属の部下(北岡など)を追放した事件です。
第二次「多元の乱」とは、四方なき後の土屋政権から現在の浪川政権まで続いています。
特に、第二次では応用数学系(確率論、非線形微分方程式など)の追い出しが顕著になっています。
尚、青本和彦氏は浪川派の人物でありました。

大沢セクハラ事件に関してです :
1991 年 4 月に名大・多元数理へ大沢を呼んだのが青本氏でした。
この為に青本氏は意に反して、セクハラ隠蔽工作で大沢の尻拭いをさせられたと考えるべきでしょうね。
その当時 1994 年の名大・多元数理では、大沢が京大数理研からの単身赴任を理由に、
内部で「セクハラ行為もいたしかたない」という世論形成がなされました。
つまり、名古屋大学の「浄化」よりも組織防衛を第一におく非常に男性中心的かつエゴイスティックな発想でありました。

その後、現在に至るまで大沢氏が被害者の谷川晴美さんに謝罪されたとも反省されているとも耳に致して居りません。
結論として「多元の乱」と「大沢のセクハラ疑惑」は別の事件と捕らえて考えるべきものなのでしょう。