続き:

それで「音楽や絵画等の芸術作品」を挙げるまでもなくて、「ユーザー
が受け取り方を強制されない」というのが「究極の目標」でして、
各人各人が「それぞれ思い思いに感じる」為にも、最もつまらない
部分である「論理構造」だけは早めに何らかの形で身に付けては
どうか、という提案です。

「試験が良くない」というのは、既に大昔から認識されていた事です
が、「有力な代換え手段」が見当たらないから困っているだけです
よね。

追加説明:フランス語やロシア語が「論理的」という認識であっても
豊かな文学作品の存在を決して排除しないのは現実が示している
と思います。哲学や思想、社会科学は良く知られていますが。

P.S.「公開オナニー」で、どうも済みませんね。