不完全性定理のエッセンスは、敬虔なカトリック教徒であったゲーデルの「常識」では
ないだろうか? ヴィトゲンシュタインは不完全性定理を trivial(月並み、経験
命題)と一語で評したいたそうだ。
公理系は証明不可能な(その公理系から演繹不可能な)真理命題を含む、という結論に
到達しつつも、ゲーデルは不可知論者ではなかった。やはり、数学的情熱は信仰に支え
られているとうことか? カトリック臭を感じる。