教授 いかに大事の定理なりとも、人ひとりの命を一編の論文に替へようと
   は思はぬ。論文が惜さにこの崩れを成敗すると思うたら、それは大き
   なれうけんちがひぢや。崩れ。その論文をこれへ出せ。
崩れ はい。(恐る恐る一編の論文を出す。教授はその論文を廃棄する。)
教授 それ、一編…。崩れ、あとを数へい。
崩れ 二編…。(崩れは論文を出す。教授は又もや廃棄する。)
教授 それ、二編…。次を出せ。
崩れ 三編…。(教授はまた廃棄する。)
助手 おゝ、三編…。
教授 次を出せ。
崩れ 四編…。(教授はまたもや廃棄する。)
教授 四編…。もう無いか。
崩れ あとの五編は助手殿が持つてまゐりました。
教授 むむ。私は論文を惜んで、人の命を取るほどの無慈悲な男でない。
崩れ はい、よう合点がまゐりました。院生が一生に一度の教授。死んでも
   本望でござりまする。
教授 それ、覚悟して外へ出い。(崩れは神妙に手を合はせてゐる。教授は
   一刀にその肩先より切り倒す。)崩れの死骸は井の頭線へなげ捨てい。
助手 ははあ。
講師 おお、崩れは御手討に相成りましたか。
助手 教授殿のお指図ぢや。講師殿手伝うてくだされ。
講師 これは難儀ぢやな。(講師は助手と一緒に崩れの死骸を井の頭線のレ
   ールの上に横たへ偽装工作を謀る。)

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