【人間の屑】佐々木力を叩こう4《性犯罪者》
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0035岩井洋 ◆hEpdoZ.tHU
05/01/29 22:35:10「答えの内容はこのようでした。私たちの細胞は日々死んで新陳代謝を繰り返して
いますが、その死をくよくよはしません。むしろ細胞が死ぬことによって新しい細胞
が生まれることができ、私の身体は総体として生きてゆける。細胞が死ななかったら、
人間の個体は時間の流れにうまく対応できないことにもなります。これと同じで、僕と
あなたの個体は別でも、ともに「人間」を構成している細胞だと見なすことができるわ
けです。らも氏は、回答を次のように締めくくっています―「個の細胞はちっぽけな
存在ですが、その一生の中には必ず一度や二度『生きていてよかった』と思う瞬間が
あります。それは明日かもしれないし、三十年先かもわかりません。だからとりあえず
今日はご飯を食べて明日まで生きてみることが大事なのです。」私たち個体は死んでも
「人間」は生き続けることができる、というわけです。われわれ「人間」総体がどういう
ゴールを目指して生きるのかというメタレヴェルでの問題も成立し、これに答えるのは
容易ではありませんが、ともかく、中島氏の回答は一段深い認識に、私たちを連れていっ
てくれたことは確かだと思います。人間個体の死と、人間という類の生を考えるヒントに
はなっていると思います。」
▽中島らもの駄弁が「一段深い認識に、私たちを連れていってくれたことは確かだと思」
うのは佐々木のこじつけ解釈に過ぎません。たまたま対談中に思い出した話をしゃべり
始めたら実につまらないどうでもいい話だったということに気がついて、勝手に「深い
認識」とか「メタレヴェルの問題」というような学問的偽装措置を付け加えただけのこと
でしょう。
この本(『医学史と数学史の対話』)が出た4年後に『生きているトロツキイ』が出版
されました。「私たち個体は死んでも「人間」は生き続けることができる、というわけ
です」の発言の真意はこれだったとしたら恐ろしい。
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