『医学史と数学史』の対話p231より
「臓器移植医療の問題は、人間個体の生と死という奥深い問いへと私たちを誘います。
それで、『朝日新聞』の家庭欄に、中島らも(註:覚醒剤常習犯)という人が担当して
いる「明るい悩み相談室」という愉快なコラムがあり、私は愛読していました。二年ほど
前に「結局死ぬのになぜ苦しむの」という見出しをもった「悩み」が、当時16歳の少女
から寄せられていたのがきわめて印象的でした(1989年7月16日付)。彼女はこん
な悩みで相談をもちかけていたのです。「人間は結局死ぬのにどうして一生懸命生きるの
ですか。最後に何かごほうびをもらえるわけでもないのに、ゴールについて何かいいこと
があるわけではないのに、どうして私たちは努力したり勉強したり恋したりして苦しみ悩
むのでしょうか……。友人や親にきいてもみんな納得のいく答えを出してくれません。今
のままだと何を始めようにもむなしくてできません」。こういう質問なのです。私はこの
少女の才気に感心し、その答えを人ごとではなく知りたくて、らも氏の答えを読みました。
(続く)

▽佐々木がセクハラ中に抱えていた悩みはこんな感じでしょうか。
「俺の女にならなければ結局学位は来ないのに、何故逆らうの」

被害者側にしてみればさぞ絶望的な環境だったと思います。いくら努力して真面目に勉強
しようと、佐々木の横暴で学問と何の関係もない欲求の言いなりにならない限り学位が来
ない。真理の探究なんてあったもんじゃない。50過ぎの汚いハゲおっさんに服従するこ
とがわざわざ日本にまでやってきて行う“研究”活動で、新着メールは佐々木の脅迫だら
け。これは悲惨すぎます。拒食・不眠になってもおかしくありません。
被害者の悪夢→http://hps.c.u-tokyo.ac.jp/new/staff/sasaki/