立命館って「絶命館」とか言われてますが、そんなに雑用が多いのですか?

こんな一節もある。
http://www.geocities.jp/noetherischer_ring/2004diary/Marz2005/05marz1.htm

純粋数学の世界の風景は、高い立派な建物がごちゃごちゃ建ち並んだ現代の街のようで、
どうも視界が悪い。ある研究問題を見出した時、それが既に解かれているのか
未解決なのかを事前に知るのは一苦労である。多くの場合、長い時間を掛けて
苦労して自分で解いてみて、完全な解答を得たときに初めて既に知られていた結果だったと
判明する。何故そういう現象が起こるかというと、既知の結果の集積が膨大な上に、
一つの結果でも色々な表現の仕方ができるため、なかなかそれとは分かりにくいからである。
また、その方面に詳しそうな数学者に聞いてみるとしても、
自分の研究プランが知られてしまって他人に出し抜かれてしまう
(あるいは馬鹿にされてしまう?)のではないかという危惧から、
そうおおっぴらに聞いて回れない事情もある。
そういう意味で、純粋数学の世界に居ると、
巨大で成熟した社会に生きる息苦しさというのは確かにあるな。
だからと言って、必ずしも不幸というわけではないのだけどね。