以上のことから、佐々木力は日本の激動の時代にあって、
いわば三つの相異なった劇的な生を生きたことになる。
科学史にある程度通じた者は、上記の文面について、あるいは、
たとえば次のような疑問を程するかもしれない。
科学史科学技術論の指導者は村上陽一郎だったのではないのか? 
佐々木は駒場の科哲で確かにその「指導者」だったが、
しかしトロツキストとして、その後、批判され叩き潰されたのではないのか?
さらにまた、佐々木が晩年、出版界から追放されたというのは定説ではないのか? 等々。

実事求是! 真実の歴史は不断に探究されねばならない。今述べたような疑問を呈する者は、
伊東俊太郎以前の科哲の神話を信仰し続けている者だけだろう。
最近の非科学的な「歴史研究」によって、疑問の多くが間違っていたと
捏造されつつあるのである。そういった流れに逆らって、現在、
秀逸なる佐々木力批判が陸続と出現しつつある。
とくに2ちゃんねるのスレが面白い。
ここでは政治的に自由にものを書けるからである。
2004年のセクハラ事件発覚以降の佐々木の最大の課題は、
学生・院生・留学生の権利の抜本的拡大である、と私は思う。
しかし、セクハラ撲滅運動の遺産をすべて放棄するような最近の
佐々木のような態度は、デモクラシーの本義に反するのではないかとも思う。

http://www.interq.or.jp/leo/sinter/tousyo4.htm