佐々木力に春は来るか?
2005年3月

佐々木力(1947-)は駒場で稀有の波乱に富んだ人生を送っていることで
特筆に値する。東北大学の数学科で「好成績」をあげたり、
プリンストン大学に留学したりした彼の青年期のことはここでは問題にしない。
彼は、まず、1980年の東京大学講師就任を出発点とするトロツキズムの
社会浸透運動の旗手として輝かしい足跡を残した。
東京大学教授の地位にあった時分のことだった。この時期、
彼は女性の院生を「女院」、女性の留学生を「女留」と呼んで、特別に溺愛した。
これが佐々木の特筆すべき第一番目の特徴である。
2004年には、セクハラ問題が発覚し、当局の穏便すぎる処置によって
匿名教授として2か月の休職処分ですんだが、2005年1月には週刊新潮において
実名を暴露され、その前後から2ちゃんにおいて「佐々木力を叩こう」運動が高揚した。
しかし、2005年2月、セクハラ問題の責任は一切とらず、
東京大学教授の地位に復帰している。
そしてあいかわらずトロツキストの宣伝係として活動しようとしている。
こうして佐々木は終焉しなかった。