まだ『科学史的思考』から別のページで
「この大事典が成るについては筆者も数々の思い出をもつ。実は筆者のプリンストン
での最初のセミナーはラプラスについてのもので、ギリスピーは大学院生とともに、
ラプラスの作品のほとんどを分析した。この大事典の中で最大の分量を有する項目は、
フランス革命の中から出現した影響力のまことに大きなこの「フランスのニュートン」
=ラプラスであるが、この項目にはわれわれのセミナーでの努力が結晶しているのであ
る。筆者はラプラスの青年時代の初めての論文を分析した。フランスのパリ科学アカデ
ミーで読まれたこの第一論文は変分法に関する純数学的な内容をもつものであった。
ラプラスは第二次変分を導入しようと意図していたのだが、筆者が難解なラテン語で
書かれた内容を詳細に解き明かしたところ、主定理の証明は厳密なものではなく、誤り
を含むものだった。しかし、この結果はもっと一般的な科学史上の意味をもつものであ
った。ラプラスと言えば、宇宙を精密に科学的に規定しようとしたことで有名である。
が、ラグランジュやルジャンドルなどの学風と比較してみると、数学的手続きはとても
精密と言えるものではなかったのである。つまり、ラプラスの精密宇宙を描くための
数学的言語ははなはだあやしいものであった、というのが筆者のセミナーでの発表の
結論であった。
この結論は、セミナー出席者を驚かせた。ラプラスの数学の謎に取り組んでいたギリス
ピーは大変喜び、「すばらしい!」を連発してくれた。話の内幕をも告白してしまうと、
筆者がラプラスの誤りに気づいたのは、セミナー発表の約一週間前で、数学科の図書館
があるファイン・ホールで数学の古書に埋もれている最中であった。その中に、数学に
おける誤謬について書いた本があり、ラプラスの数学書にも誤りが多く含まれていること
に言及してあった次第なのであった。このセミナー発表前の数ヶ月間は、ラプラスのそれ
ほど厳密性を気にしない数学にまどわされ、暗い日々の連続だったのである。今、ギリ
スピーは一大事業を完結し、晴れやかな時を迎えているという。」