>>230の続きにも
「私は科学社会学を学ぼうとするものは、つねに社会学の現況を見ないとだめだと
思っている。〜中略〜社会学の全体的方法をおさえないと、なかなか大きな挑戦は
できないと思う。そのように社会学総体を見渡したうえで、たとえばヴェーバーと
パーソンズを比べた場合、パーソンズは我々にあまり訴えてこない。現在の社会学
者というと、まことに失礼な言い方ですが、小振りでいかにもアメリカの大学に制
度化された、牙を抜かれた人たちの学問という気が致します。しかし、科学史家な
り、科学社会学者は、近代科学に批判的に挑戦しようとしているのですから、小振
りでは困るわけです。とにかく高い志をもった人が科学社会学をやって欲しいと私
は思っているところです。」
▽まず“科学社会学”とかいうような「科学」と名前のついたヘンなものをもうこれ
以上濫造しないでくれ、と考えるのが良識ある理系の人間です。この男が言っている
のは「イデオロギーの対立感覚を持ち出さない社会学なんてつまんないよ〜ん」程度
のことで、>>230でも社会学が大風呂敷なイデオロギーに話を拡大することが「グロー
バル」という滅茶苦茶な誤りを冒しています。

それでは最後の一文だけに注目してください。再度引用します。
>科学社会学者は、近代科学に批判的に挑戦しようとしているのですから、小振
>りでは困るわけです。とにかく高い志をもった人が科学社会学をやって欲しいと私
>は思っているところです。
▽この一文だけ見ると、何かすごくまっとうなことを言っているような印象を受けますよね。
「近代科学に批判的に挑戦しようとしている」なんて、とっても良い事なんじゃないかと思い
ませんか?騙されてはいけません!佐々木が「批判的」といったら全部「反体制」の左翼煽動です。
つづく