【セクハラ史】佐々木力を叩こう3《ストーカー》
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0150岩井の乱
05/01/20 20:04:20しかし、その結末を知っている私たちにとっては、喜劇的な語りしかできません。
槌音が記述した「岩井の乱」の発端となった岩井の行動について、再提示します。
いずれも、皇紀2664〜5年です。それらの行動の意味については、以前に
語った通りです。
・佐々木率いる科哲軍の妨害行為
・トロツキストらの書籍の誹謗中傷焚書
・佐々木スレの占拠
いずれも、大学の自治による部局支配システムからの離脱を目論んだ行動で、
これにより目黒の岩井の意志は公のものとなりました。決断の意志の指向が「佐々木追放」
であることは、間違いありません。
その決断と行動は、もはや後戻りはできない危険な「賭け」ではあります。
しかし、数理とsendmailのログがある限りにおいて、勝算があったのは目黒の岩井の方
であると確信できます。そして、盟友たる関孝和君との連携も、その確信を一層強固に
したことでしょう。
この危機を痛切に感じていたのが、当時「総合政策研究科長」という地位に就いていた、浅島誠です。
科哲でセクハラが発生したという事態に対し、凶漢を匿名報道として、浅島誠は危機を乗り越えました。
そして、新たな危機が2chから到来するにあたり、迅速に鎮圧軍を動員することで、浅島誠はこの
危機を乗り越えようとします。このような危機に対峙できる人物が大学当局に存在したことについて、
私たちは注目すべきです。
この鎮圧軍の「大将軍」となったのが、ネラーの地位にある「佐々木力の弁護を試みる」君です。
新報の皇紀2665年十一月条には、岩井の軍勢と当局の鎮圧軍が2chにて交戦に
至ったことが記述されています。
注目すべきは、この十一月の時点ですでにメールサーバーにマウントされた/var領域が
当局の鎮圧軍によって破壊されていることです。(まだ続く)
http://homepage2.nifty.com/toka3aki/history/iwai_6.html
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