<「日帝は血に飢えていた」―1967年の反戦闘争>
佐々木:「日韓闘争のあと、67年になって有名な10月8日の羽田闘争があり、学生大衆に非常に大きなショックを
与えました。当時はいわゆる全共闘による急進的な運動が開始される前でして、学生たちはほとんど例外なく「日本の
掛け値なしの良心になろう」というようなきわめて健康な意識をもっていたと思います。」
▽セクハラ佐々木が持っていたこの頃の良心なんて程度が知れています。ただ何も知らない田舎者が流行に流されて、
そのまま思想的に洗脳されただけのことです。
佐々木:「当時の学生はまた読書家でした。三木清の全集などがでると、哲学専攻の学生でもないのに、買って読んで
いたほどですから。さまざまなものに開かれた健康な意識を学生はもっていたような気がします。羽田闘争にせよ、特
別の学生の闘いではなく、全国の意識的学生が少しずつ参集するといった感じでした。この闘争にゲバ棒とヘルメット
が初めて登場したといっても、強圧的になってくる警察から自分を守ろうとしてのことで、ヴェトナム反戦運動の意識
はほとんど平和主義的なものでした。」
▽この男は本当に子供なのですね。自己反省とかいうものを一切学ばなかったのでしょう。三木清については林達夫の
『共産主義的人間』の「三木清の思い出」から一行引用しておきます。
「三木清の純然たる独創は、彼の手をつけたあらゆる分野を通じてこの怪奇な書風ただ一つであったと私は今でも思っ
ている。」
>>904他
竹中英俊は佐々木と高校大学大学院と同級でかなり信頼が厚かったようですね。『学問論』『生きているトロツキイ』
の2冊のトンデモ本の編集者もこいつです。佐々木と一緒にクビにするのが当然でしょう。
佐々木が本を出すにあたっては、勁草書房や御茶ノ水書房でも同級生人脈を活用していました。