>>357の続き
「数学には現実社会でロシア式計算器で
 計算するような実践を越える基礎など
 ないのである」

ここでの”実践”という言葉に注目。
岩井洋君ならずとも、佐々木がヴィトゲンシュタインを
マルクス主義の立場で解釈しようとしているのが見てとれる。
それは、ヴィトゲンシュタインが
”基礎のない行動様式、それが終点なのだ”
といってるのに対して、佐々木がわざわざ
「(超越的でア・プリオリという)限定付きでない基礎」
と言い直している点からもわかる。