先ほど書き込んだ後で、前から考えていたことを書きます。
いわゆる「知的生産」と道具の関係についてです。

私は受験勉強にアウトラインプロセッサの類を使っていますが、受験が知的生産か?というとそれはかなり疑わしい気がします。
あれは、予め予定された正解を選ぶだけだからです。
インスピは、予定された論理を追うには、大変優れていると思います。
しかし、「知的生産」とは、予定されていない新しいものを創出することだと思うわけです。


何かすごいものを発明するときに、たとえばインスピを使うでしょうか?
すごい発明は、突然、論理性を超えたところで、出現するのではないでしょうか?ドクター中松氏の意見を聞いてみたいものです。
具体的にいうと、マンダラートを作った人は、マンダラートを使ってマンダラートを作ったか?ということです。

もちろん、道具は目的にあわせてうまく使い分けられればよいのです。
ただ、人の作った道具に馴らされているだけではだめじゃないか?と痛感しているわけです

混乱した文章ですみません。