また、「トレーニングが何であるか」の定義には、常に「正当性」の問題が絡んで
くる。マクロのように、その行為の物理的定義と、正当性とが、独立していないか
ら、ある行為が「トレーニング(違反行為)で処罰されるべきか」で揉めるときは、
正当性の問題が常に出てくる。それで擁護派は「トレーニング」という言葉自体を
悪い「違反行為」の意味では使わないために、話が更にややこしくなっている。仮
に「トレーニング=違反行為」であるなら、擁護派は自分達のやってる行為は
「トレーニング」ではない、と主張するだろうし、一方、「トレーニングは禁止」
なんて言うのは「違法行為は禁止」と言ってるのに等しく同義反復で全く意味が無
い。駄目な物は駄目と言うのと同じくらいアフォなこと。