Finderが単なるファイルマネージャになってしまうのは避けられない流れなのかね。

ALTO→Macと続くGUIの系譜は、背後に「ドキュメント中心」という思想が
あったと思う。ドキュメント(ファイル)が目に見える形で十分な実在感を
持って存在し、それを「開く」とウィンドウになる。そして、ドキュメントを
開く「アプリケーション」はドキュメント自体が知ってれば良いのであって、
ユーザーは意識する必要がない、というように。
この思想はOpenDocへと発展し、一方でBTRONなどに受け継がれた。

これがiTunesなりのアプリケーション中心の操作体系が標準となってしまうと、
なんだか時計を20年巻き戻したような違和感を覚える。
Appleはドキュメント中心指向をはっきりと放棄したのかね?そこのところ、
明確なメッセージと進むべき方向についての指針があればいいのだが。