『雫』は僕に、或る答えを与えてくれた。
…いや、与えてくれたのは答えそのものではなく、答えの出し方、答えの在り方だったかも知れない。
そして僕の中に、その答えを出すだけの力があったということなのだろう。
(中略)
…ああそうだ、
月島さんが首縊った惨めなユダならば
僕は彼のマタイとなろう。
彼の悲しみを、涙を、色んなかたちの「電波」に変えて
人々の心に向けて飛ばそう。

…そんな僕は多分
間違っているのだろう。
だけど
歩くことはやめない。
これまでだって
僕が正しかったことなんて
なかったのだから。
これからだって
何とかやれる。
そんな気がする。
心はいくら痛んでも
体は休まない。
どうにかやっていけそうだ。

「月島狂想」