諸君、もう一度、いや、何度でも確認しよう。
神岸あかりとは何か。
ストーカー?
断じて否。
幼なじみ?犬チック?くま好き?赤い髪?
それは要素であり、決して神岸あかりの本質を表す言葉として、適切ではない。

では、神岸あかりの本質とは何か?
それ即ち、『原点』である。
神岸あかり以前に、自宅まで起こしに来てあまつさえ朝食の面倒まで見てくれる
幼なじみがゲームに登場したことがあっただろうか?
神岸あかり以前に、主人公の言葉を気にして髪型を変えてくるような少女がゲー
ム上に存在しただろうか?
神岸あかりなしに、犬チック幼なじみの描写が果たして存在し得たであろうか?

東鳩は、その後の絵呂下のひとつの方向性を決定付けた。
それは何人にも否定できない事実である。
そのヒロインである神岸あかりもまた、幼なじみと言うものの方向性を決定付けた。
これもまた、厳然たる事実である。
ならば今こそ、我は声高らかに『原点回帰』を叫ぼうではないか。
東鳩の、神岸あかりの否定は、その後の絵呂下、そして幼なじみの否定に他ならない。
今こそ我々は原点に立ち戻り、今一度自らの内なる萌えを再確認するべき時である。
我が同志、そして投票者諸君。
自らの心のうちに、『犬チック幼なじみ』との日常生活を投影して欲しい。
そこには、何人にも侵されぬ、燦然と輝く『萌え』があるはずだ。
その時、君の傍らには必ず、神岸あかりの笑顔が存在しよう。

神岸あかりと、全てのあかり萌え諸氏に、勝利と、神のご加護のあらんことを。