とりあえず言えるのは、
東は葉鍵ゲーの内容自体についての価値判断はこの本で何も論じてないし
また論じようとする気もないんだろうということ。
そういう意味では、彼はけっこう冷めてる。

えてして葉鍵系オタの議論というものが
ゲームのシナリオについての議論に終止するのに対し、
東はそうした葉鍵オタ文化の成立を支えている
現代特有のシステムや構造原理を、自分の専門である現代思想を手がかりに整理している。

岡田斗司夫のようにオタクが優越した存在だなどと声高に主張するわけではない。
オタクであることを正当化するわけでもなく、
むしろそうしたものを成立させている現代社会というものを
なんとか客体化して考えようとしている。
東自身は完全にヲタだけど、そんな自分自身を突き放して考えようとしてるって意味では
今までのオタ文化を論じた著作とは違った意義を持ってるとは思う。

…誤解のないよう言っときますけど、自分は別にあずまマンセーオタじゃないです…
上記のようには考えてるけど、この本になんともいえぬ胡散臭さを感じているのも事実です。
ただそれがなんなのかっていうと…まだはっきりとは整理できてないです。
ごめんなさい。