なんか,『死』が綺麗なものとして扱われるのが極個人的に許せない。

観鈴も,何が「もうゴールしてもいいよね…?」だ,若造の言う台詞か!
お前にとって,往人との出会いや,晴子との和解は,これから自分が
生きるための理由にすらならなかったのか?どうでもよかったのか?
じゃあ,あの話は一体なんだったんだ?ふざけるな。

生きたいなら歯を食いしばれ,間接から血を流し,目は見えなくなり,
耳も聞こえなくなり,耐えがたい苦痛に苛まれ,糞尿を垂れ流すハメになっても
生きるためにもがけ,その果てで血反吐を吐き鼻水を垂らしながら泣き,
「生きたい生きたい」と呟いて苦痛の果てにズタボロになって死ね。

若者にとっての死は,突然の最後,または物凄く汚いけど人間らしい最後であってほしい。
「我が生涯,一片の悔い無し」なんて若造の吐く台詞じゃない,自分に嘘ついてカッコつけてるだけだ。

年寄りでもまだ生き足らぬと泣きながら喚いて死ぬんだ。
麻枝准は本当に人の死を見たことがあるのかと問い詰めたい。
適当に感動「っぽい」話をでっち上げたかっただけじゃないのか?と。

死ぬほどの苦しさを描いて,死を美化させのは間違ってるんだよ。
戦争を悲劇的に語ることにより,戦争を美化させるのに近い感覚だ。

死なんて,んなもん,綺麗なものであってたまるか。
実際に『死』を見てから話作れって感じです。
出来んなら殺すな,安易にキャラ殺すな。

Kanonの真琴シナリオも,ラリパッパになって死ぬという特殊な手で,
死を真正面から見つめることを回避しているように思えた。