>>127
前半 古くさいとはあえて言わない。君の言っていることこそ、教養というものの効用だ。
後半 ARMたん発見。

結論 読書による疑似体験が洞察力を養うっていう古典的教養観は、必ずしも間違ってないのだろうけど、
    逆に、現実の体験と同じものをフィクションの中に求めるのは、あまりに短絡。

蛇足 現実の肉親の死とフィクションの死を比べて、「死の薄っぺらさ」なんて簡単に言い捨てちゃったところには、
   どこから突っ込めばいいのかわからないほど困惑してます。
   まあ、Kanonとかの中途半端にドラマチックな死が、薄っぺらなのは認めるが、
   じゃあ、現実の死と、残された僕たちはにどんなふうに向き合っているのか。
   むしろ、絶対的な「現実の死」を目の前にしても、
   まるでマンガみたいな、薄っぺらい、平凡な感傷しか持てない自分たち。
   そいいう視点によってこそ、死というものの外在性が見えてくるのでは?
   まあ、大切な誰かを失って傷ついてる気持ちは、ある程度判るが、
   その感情をむやみに振り回しては、独善にしかならないと思われ。