当時、食品会社東京支店で営業してました。
神戸が大変だと、いうことで会社でテレビをずっと見ていました。
会社としても何かしなければ、とみんなで会議をしていたとき、
日商岩井から「神戸を救うために製品を融通してくれ。」と、電話があり
その対応をしていました。神戸の皆さんは、知らなかったと思いますが、
あのときの食料は、日商岩井がいろんなところからかき集めてくれたのです。
 ただ残念だったのは、神戸の方たちがあまった食料品を東京方面、名古屋、九州、
に横流しをして、自社製品とバッティングし、ずいぶんと売り上げが落ちた事でした。
他社の営業マンと話をしても「ひでーことするな〜」と言っていたのを思い出します。