桜もちるに嘆き、月はかぎりありて入佐山、ここに但馬の国かねほる里の辺(ほとり)に、浮世の事を外(ほか)になして、
色道(しきだう)ふたつに寝ても覚めても夢介(ゆめすけ)と替名(かえな)呼ばれて、名古屋三左(さんざ)、加賀の八などと、
七つ紋の菱にくみして身は酒にひたし、一条通夜更けて戻り橋、ある時は若衆出立(わかしゅでたち)、姿をかへて墨染めの長袖、
又は立髪かづら、化物が通るとは誠にこれぞかし。それも彦七(ひこしち)が顔して、願はくは噛殺(かみころ)されてもと通へば、
なほ見捨て難くて、その頃名高き中にも、かづらき、かをる、三夕(さんせき)、思ひ思ひに身請けして、嵯峨(さが)に引込み、
あるいは東山の片陰(かたかげ)、又は藤の森、ひそかに住みなして、契りかさなりて、このうちの腹より生れて世之介と名によぶ。
あらはに書きしるすまでもなし。知る人は知るぞかし